EVユーザーの心理を読み解く新モデルが登場

EVユーザーの心理を読み解く新モデルが登場

電気自動車(EV)の役割は、もはや単なる移動手段を超え、エネルギーシステムの重要な一翼を担う存在へと進化している。特に、電力網の周波数を安定させる「周波数制御補助サービス」市場への参加は、EVが持つ潜在能力を最大限に活かす鍵となる。しかし、複雑な市場メカニズムや、バッテリーの劣化に対する不安から、多くのユーザーがこの新たな機会に踏み出せずにいるのが現状だ。この壁を乗り越えるべく、中国・華北電力大学の汪麗偉(Wang Liwei)、王昊天(Wang Haotian)、孫英雲(Sun Yingyun)の研究チームが、ユーザーの「心理」に着目した革新的な意思決定モデルを構築し、業界誌『Modern Electric Power』に発表した。

この研究の核心は、「プロスペクト理論(Prospect Theory)」という行動経済学の概念を、EVユーザーの市場参加決定に応用した点にある。従来の経済モデルは、ユーザーが常に合理的で、純粋に収益を最大化する「完全な合理性」を持つと仮定していた。しかし、現実の人間はそうではない。私たちは損失を回避する傾向が強く、利益よりも損失の方が心理的に大きく感じられる。また、意思決定は「現状」との比較によって行われる。この「有限の合理性」こそが、本モデルの出発点である。

研究チームは、EVユーザーが市場参加を検討する際、大きく二つの要素に心を動かされると分析した。一つは「離網時の純収益」、つまり市場に参加することで得られるお金。もう一つは「バッテリー残量」、すなわち次のドライブに備えて車両がどの程度充電されているかという安心感だ。この二つを、ユーザーの「心理的基準点」として設定し、その基準点からの「利益」または「損失」を評価することで、より現実的な意思決定プロセスを再現しようとした。

具体的には、ユーザーが選択できる三つの簡易的な参加モードを提案している。

モード1:充電のみ これは、周波数制御市場に参加せず、単に安い時間帯に充電するという、最もシンプルな選択肢。バッテリーへの負担はゼロだが、市場からの収益も得られない。このモードは、モデルにおける「心理的基準点」、すなわち「何もしないでいる状態」を表している。

モード2:双方向充電 EVは充電中、電力網の需要に応じて充電速度を調整できる。電力が余っている(周波数が高い)ときは充電を一時的に減らし、電力が不足している(周波数が低い)ときは充電を増やす。このモードでは、EVは電力網に電力を「返送」することはないが、充電パワーの調整によって、ネットワークの安定化に貢献する。収益の可能性とバッテリーへの負担が、モード1とモード3の間を取ったバランスの取れた選択と言える。

モード3:完全V2G(Vehicle-to-Grid) これは、EVが持つ最大の柔軟性を活かすモード。充電速度の調整に加え、必要に応じてバッテリーから電力網に直接電力を「返送」することも可能だ。これにより、より大きな電力調整能力(予備力)を提供でき、市場での競争力が高まり、収益の可能性も最大となる。しかし、その分、バッテリーの充放電サイクルが増加し、劣化のリスクも高まる。

従来のモデルは、モード3が最も収益性が高いと判断すれば、ユーザーにそれを強く推奨していた。しかし、多くのユーザーは「収益が高くても、バッテリーが早くへたったら元も子もない」と考える。この「心理的葛藤」を、従来のモデルは無視してきた。

新しいモデルは、この葛藤を数値化し、解決する。研究チームは、「総合的期待値」という指標を考案した。これは、純収益とバッテリー残量という二つの「成果」を、それぞれのユーザーがどの程度重視するか(重み付け)し、さらにプロスペクト理論に基づいて、その成果が基準点から見て「利益」として感じられるか、「損失」として感じられるかを計算したものだ。そして、この「総合的期待値」が最も高くなるモードを、ユーザーに最適な選択として提案する。

このモデルの強みは、ユーザーの個性に応じて最適解が変わることにある。例えば、収益を最も重視するユーザー(例:EVを副業として活用したい人)にとって、モード3の「総合的期待値」は最も高くなる。彼らにとっては、バッテリーのわずかな劣化という「損失」よりも、得られる収益という「利益」の方が心理的に大きく映る。一方、毎日の通勤や家族の送迎でEVを使い、バッテリーの長寿命と充電の確実性を最優先するユーザーにとっては、モード1やモード2の方が「総合的期待値」が高くなる。彼らにとっては、収益の「利益」よりも、バッテリー劣化の「損失」の方がはるかに重く感じられるからだ。

研究チームは、中国・広東省の電力市場データと、米国のPJMインターリンクの周波数制御データを用いてシミュレーションを行った。その結果、ユーザーの充電時間や、出発時の希望充電レベル(例:65%、85%など)といった現実的な条件を変えると、最適なモードが明確にシフトすることが確認された。例えば、充電時間が短く、出発時に高い充電レベルを希望するユーザーには、モード1が最適と判断された。逆に、長い時間充電でき、出発時の充電レベルがそれほど高くなくてもよいユーザーには、モード3が最適とされた。また、収益とバッテリーの重み付けを変えることで、モード2が最適になる「中間的な」ユーザー層も存在することが明らかになった。これは、実際のユーザー層の多様性を的確に捉えている証拠だ。

このモデルの意義は、単に最適な技術的選択を示すことだけではない。その真の価値は、ユーザーの心理的ハードルを下げ、V2G技術への参加を「怖いもの」から「身近で選べるもの」に変える点にある。ユーザーは、複雑な市場ルールや、専門的な電気工学の知識を深く理解する必要がない。代わりに、「あなたは収益を重視しますか、それともバッテリーの安心を重視しますか?」というシンプルな質問に答えるだけで、自分に最適な参加方法が提示される。これにより、ユーザーの不安が和らぎ、V2Gへの参加意欲が高まることが期待される。

このアプローチは、電力会社やEVアグリゲーター(複数のEVを束ねて市場に参加させる事業者)にとっても大きなインパクトを持つ。従来、アグリゲーターは、全てのEVを同じルールで最適化し、市場に投入していた。しかし、このモデルを活用すれば、ユーザーの属性や意向に応じて、モード1、2、3の異なる「プラン」を提供できる。例えば、「安心プラン(モード2)」、「ハイリターンプラン(モード3)」といった形で商品化することで、より多様なニーズに応えられる。これは、単なる技術サービスから、ユーザー中心の「エネルギーサービス」への転換を意味する。

また、この研究は、バッテリー劣化のコストをモデルに明示的に組み込んでいる点でも先進的だ。多くの研究がバッテリー劣化を無視したり、単純な固定費として扱ったりする中、本モデルは、市場参加による充放電サイクルの増加がバッテリー寿命に与える影響を、動的に計算し、経済的損失として収益から差し引く。これにより、一見収益が高く見えても、長期的な視点で見れば「損」になるような選択を、ユーザーが避けることができるようになる。これは、ユーザーの資産価値を守るという点で、非常に重要な配慮である。

未来のスマートグリッドは、単に技術的に高度なネットワークではなく、人間の心理や行動を巧みに組み込んだ「人間中心のシステム」でなければならない。EVは、その中核を成す分散型エネルギー資源だ。しかし、その力を発揮するためには、技術の側が人間に合わせるのではなく、人間の本質を理解し、それに寄り添った設計が必要だ。汪らの研究は、まさにその「人間中心のエネルギーデザイン」の第一歩を踏み出したと言える。

彼らのモデルは、EVユーザーが複雑なエネルギーマーケットの中で、自信を持って「賢い選択」をするための羅針盤となる。それは、ユーザーが自分の価値観に従って、収益と安心の間でバランスを取り、持続可能なエネルギーシステムの構築に主体的に参加するための、強力な支援ツールである。技術の進化は止まらないが、その先にある未来は、数字やアルゴリズムだけではなく、人間の心と選択によって形作られていく。この研究は、その未来への道筋を、明るく照らしている。

汪麗偉、王昊天、孫英雲、華北電力大学、Modern Electric Power、DOI: 10.19725/j.cnki.1007-2322.2022.0282