EVの電磁場曝露、実態と安全性を検証
電気自動車(EV)の普及が世界的に加速する中、消費者の関心は走行性能や航続距離から、より広範な安全性や健康への影響へと移りつつある。その中でも特に注目を集めているのが、車内に存在する電磁場(EMF)による人体への影響である。EVは高電圧バッテリー、パワーエレクトロニクス、電動モーターなど、高電流を扱う複数のシステムを搭載しており、これらの動作に伴って低周波から高周波に至る広帯域の電磁場が発生する。これらの電磁場が人体に及ぼす影響は、科学的に解明されていない部分も多く、不安を抱くユーザーも少なくない。こうした状況を踏まえ、中国の研究機関がEVの電磁場曝露に関する包括的な評価研究を実施し、その成果が学術誌『Chinese Journal of Automotive Engineering』に掲載された。この研究は、国際的な安全基準の比較、数値シミュレーション、実車測定という多角的なアプローチで、EVの電磁場安全性を科学的に検証しており、業界内外に大きな注目を集めている。
本研究は、中国情報通信研究院の趙暉(Zhao Hui)、中国自動車工程研究院の陳兵(Chen Bing)、および同研究院の李従勝(Li Congsheng)の3名の研究者によって実施された。彼らは、EVの急成長に伴い、車内の電磁場曝露量の評価に多くの課題が存在していると指摘する。特に、EVの車種や構造が多様化する中で、車内の電磁場環境は一層複雑化しており、一律の評価が困難な状況にある。本研究の目的は、国内外の電磁場曝露に関する規制基準を整理し、その異同を比較するとともに、EV特有の電磁場環境を数値シミュレーションと実際の測定の両面から評価し、人体への影響を科学的根拠に基づいて分析することにある。
電磁場の安全性を議論する上で、国際的に最も広く参照されている基準が、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)が策定したガイドラインである。ICNIRPは、1998年に初めてのガイドラインを発表し、その後2010年と2020年に更新されている。この基準は、曝露対象を「職業的曝露」と「一般公衆曝露」の2つに分類しており、一般公衆向けの基準は、職業的曝露よりもはるかに厳しく設定されている。これは、一般の利用者は電磁場の存在を認識しておらず、回避行動を取る訓練も受けていないため、より高い安全マージンが求められるからである。ICNIRPの基準は、物理的に測定可能な「参照レベル」と、人体内部で誘導される電流や電界などの生物学的影響に基づいた「基本限界」の二つの概念で構成されている。最終的には、人体内部で誘導される電界強度が「基本限界」を超えないことが、安全性の最終的な判断基準となる。
一方、米国電気電子学会(IEEE)が策定したC95.1規格も、ICNIRPと並ぶ重要な国際基準である。IEEE C95.1-2005規格では、曝露環境を「管理された環境」と「一般環境」に分け、ICNIRPと同様のアプローチを取っている。しかし、基本限界の定義において、ICNIRPが誘導電流密度を主な指標とするのに対し、IEEEは組織内部に誘導される電界強度をより重視している点で違いがある。このように、国際的な基準間にも細かい差異が存在するため、EVメーカーはグローバル市場への展開を考慮した上で、最も厳しい基準に準拠する必要がある。
中国国内においても、電磁場曝露に関する国家基準が存在する。2014年に改訂された「GB 8702—2014」は、1Hzから300GHzの広い周波数帯域における電磁場の制御限界を定めており、その内容はICNIRPのガイドラインに大きく準拠している。しかし、この基準はあくまで「環境」に対する一般規制であり、自動車という移動する特殊な空間での曝露評価には直接適用できないという課題があった。この課題を解決するために、中国は2018年に「GB/T 37130—2018」という自動車専用の国家基準を制定した。これは中国初の、車両の電磁場が人体に及ぼす曝露を測定するための国家標準であり、2019年7月1日から強制的に適用されている。この基準は、EVの走行中(定速走行、加速、減速)や充電中の複数の運転状態を想定し、乗員の頭部、胸部、生殖器部、足元など、身体の主要な部位での測定方法と限界値を詳細に規定している。限界値はGB 8702—2014を参照しており、これにより中国のEVは世界でもトップレベルの電磁場安全性を確保している。
これらの国家基準に加えて、業界団体による自主的な評価プログラムも登場している。その代表例が、「中国EVテスト&アセスメント(EV-Test)」と「中国自動車健康指数(C-AHI)」である。EV-Testは、中国自動車技術研究センターが主導するプログラムで、EVの安全性や性能を包括的に評価するものである。一方、C-AHIは、中国自動車工程研究院(CAERI)が主導し、「健康」をキーワードに、車内の空気質、音響環境、そして電磁場(EMR)の3つの側面から車両を評価する。これらのプログラムは、国家基準を下限として、より高い水準を目指すことで、メーカー間の競争を促し、消費者に透明性の高い情報を提供する役割を果たしている。
本研究の核心は、こうした基準を踏まえた上で、EVの電磁場曝露を科学的に評価するための二本柱のアプローチにある。一つは「数値シミュレーション」、もう一つは「実車測定」である。
数値シミュレーションは、人体内部で実際にどの程度の電界が誘導されるかを知るための不可欠な手法である。なぜなら、人体内部の電界を直接測定することは不可能だからである。研究チームは、「スカラー・ポテンシャル有限差分法(SPFD)」という高度な数値解析手法を用いて、簡略化されたEVモデルと、77種類の組織から構成される高解像度の人体ボクセルモデルを組み合わせたシミュレーションを行った。特に注目すべき点は、脊椎に金属製の固定具(インプラント)を装着した人体モデルを用いて、金属インプラントが電磁場にどのように反応するかを評価したことである。金属は電磁波を反射・集中させる性質があるため、インプラント周辺で局所的に電界が強くなる「ホットスポット」が発生する可能性がある。
シミュレーションの結果は、非常に興味深いものであった。まず、金属インプラントを装着していない健常な乗員の場合、EVの走行中に発生する磁場から誘導される内部電界は、ICNIRPの一般公衆向け基本限界(100kHzで13.5 V/m)に対して非常に低い値にとどまっていることが確認された。例えば、100kHzの周波数では、誘導電界は0.424 V/mと、限界値のわずか3%程度に過ぎない。これは、EVの電磁場が健常者にとって極めて安全であることを示している。
しかし、金属インプラントを装着したモデルでは、その数値が顕著に上昇した。同じ100kHzの条件下で、インプラント周辺の誘導電界は0.872 V/mに達し、健常者モデルの約2倍となった。これは、金属インプラントが電磁エネルギーを集中させ、局所的な電界強度を高める現象が実際に発生することを裏付けている。それでもなお、この値はICNIRPの限界値13.5 V/mを大きく下回っており、現行のEVでは、金属インプラントを装着した人々にとっても即座の健康リスクはないと結論づけられる。この研究は、インプラント装着者という特定の脆弱な集団の安全性を科学的に検証した点で、非常に重要な意義を持っている。
数値シミュレーションに加えて、研究チームは実際のEV10台を対象に、C-AHIの評価手順に従った実車測定も実施した。測定は、定速走行、急加速、急減速という走行工況と、T-BOXなどの通信システムが作動する通信工況の2つのシナリオで行われた。走行工況では10Hz~30MHzの周波数帯域の磁場を、通信工況では30MHz~3GHzの周波数帯域の電場を測定した。
測定結果によると、走行中の磁場レベルは全体的に非常に低く、ほとんどの車両で最大の曝露は25~30MHzの周波数帯域で観測された。これは、主にパワートレインのスイッチングノイズに起因していると考えられる。一方、通信工況では、各車両の通信周波数付近で電場のピークが確認されたが、これらも全て安全限界内に収まっていた。C-AHIの評価スコア(満点100点)では、10台中9台が87.85点以上の高得点を記録した。総合スコアに最も大きな影響を与えたのは通信工況の評価であり、これは走行中の電磁場が既に十分に制御されている一方で、通信システムの電磁環境の最適化が今後の課題であることを示唆している。
本研究の結論は明確である。現在販売されているEVは、国内外の主要な安全基準を十分に満たしており、乗員が受ける電磁場曝露は、健常者にとっても、金属インプラントを装着した人々にとっても、安全なレベルにある。数値シミュレーションと実車測定という二重のアプローチによって、その安全性は科学的に裏付けられている。
しかし、研究者たちは安心を呼びかける一方で、油断は禁物だと警告している。今後のEV開発には、新たな課題が山積している。まず、ワイヤレス充電システムの普及が進むことで、車内には新たに85kHz前後の高強度の磁場が発生する可能性がある。また、5G/6G通信やミリ波レーダーの導入により、車内にはこれまで以上に高周波の電磁場が充満する。これらの高周波電磁場は、熱効果が主な懸念となり、人体への影響評価の方法論も低周波とは異なる。さらに、車両の高度な自動運転化に伴い、車内に搭載されるセンサーやコンピュータの数は飛躍的に増加し、その結果として電磁環境はますます複雑化・多様化するだろう。
これらの未来の課題に対応するためには、本研究で用いられたような高度な数値シミュレーション技術と、現実の使用環境を反映した実車測定技術の継続的な発展が不可欠である。また、国際的な基準制定機関も、EVという特殊な環境に特化した、より詳細で現実的な曝露評価ガイドラインの策定に取り組む必要がある。消費者にとって、EVの安全性はバッテリー火災や衝突安全だけでなく、目に見えない電磁場のリスクも含まれる。メーカー、研究機関、規制当局が連携して、科学的根拠に基づいた透明な情報提供を行うことで、真の意味での安心・安全なEV社会の実現が可能となるだろう。
趙暉、陳兵、李従勝、Chinese Journal of Automotive Engineering、DOI: 10.3969/j.issn.2095‒1469.2024.03.14