冷媒直冷、液冷システムを上回る性能
電気自動車(EV)の普及が進む中、リチウムイオン電池パックの熱管理は、性能、安全性、寿命を左右する最も重要な技術的課題の一つとなっている。急速充電や高負荷走行時の発熱により、電池が過熱すると劣化が加速し、最悪の場合には熱暴走に至る危険性もある。従来、EVの電池冷却には水やグリコールを用いた液体冷却が主流だが、より高速な充電と高出力が求められる今、その限界が露呈しつつある。この中、江蘇大学の研究チームが発表した新たな冷却技術は、従来の常識を覆す可能性を秘めている。彼らが提唱する「冷媒直冷システム」は、車両のエアコンに使われる冷媒を直接電池パックに流し、冷却するというもので、実験結果は液体冷却を上回る性能を示している。
この画期的な研究を率いたのは、江蘇大学エネルギー・動力工学部の単春賢教授と大学院生の楊鵬氏らのチームである。彼らは、ハーモニカ管式の冷却板を用いた電池モジュールを設計し、冷媒直冷と液体冷却の性能を直接比較する実験を行った。研究の詳細は『江蘇大学学報(自然科学版)』に掲載され、その成果はEVの熱管理技術に新たな一石を投じるものとなった。
冷媒直冷システムの核心は、冷却の仕組みにある。液体冷却は、冷却液が電池から熱を奪い、その熱をラジエーターで外気中に放熱するという二段階のプロセスを踏む。一方、冷媒直冷は、車両のエアコンシステムと一体化しており、エアコンに使われるR134a冷媒を直接電池モジュールの冷却板に流す。冷媒は液体の状態で冷却板内を流れ、電池から熱を奪って蒸発(気化)する。この「蒸発潜熱」こそが、直冷システムの真の力である。液体が温度を上げるだけ(顕熱)の冷却とは異なり、液体から気体に変わる瞬間には、はるかに大きな量の熱を吸収することができる。この原理を活かすことで、より少ない冷媒流量で、より効率的な冷却が可能になる。
研究チームは、この仮説を検証するため、厳密な実験を設計した。実験では、16個のリチウム鉄リン酸(LFP)電池セルからなるモジュールを用い、液体冷却と冷媒直冷の両方で同じ冷却板を使用して比較した。公平性を保つため、冷却液と冷媒の入口温度はともに16.00°Cに設定された。さらに、液体冷却に使用するポンプの限界から、冷媒の流量(0.25 g/s)の約2倍となる0.53 g/sという、液体冷却に有利な条件でテストが行われた。
しかし、その結果は予想をはるかに上回るものだった。2.0Cという高負荷での放電条件下では、冷媒直冷システムの電池パック平均温度は、ピーク時でも39.60°Cに抑えられた。これは、電池の最適動作温度域の上限である40.00°Cを下回る、非常に優れた制御性能である。一方、流量が2倍ある液体冷却システムは、42.22°Cまで温度が上昇し、40.00°Cの壁を突破してしまった。驚くべきことに、半分の流量しか使わなかった直冷システムが、2.62°Cも低い温度を達成したのである。この差は、冷媒の「相変化」による冷却効率の高さを如実に示している。これは、今後のEVが追求する超急速充電において、電池の過熱を防ぐ上で極めて重要な成果と言える。
この研究の価値は、単なる性能比較にとどまらない。チームは、システムの運転パラメータが冷却性能に与える影響を、非常に詳細に分析している。これにより、実用化に向けた最適な制御戦略の指針が得られた。
まず、圧縮機の回転数が大きな影響を与えることが分かった。圧縮機の回転数が上がると、冷媒の流量が増加し、蒸発温度が低下する。実験では、3,500 rpmという回転数で、2.0C放電時でも平均温度を40.00°C以下に抑えることに成功した。これは、高負荷時でも安定した冷却が可能であることを意味し、実際の走行シーンでの制御に活かせる。ただし、圧縮機の回転数を上げすぎると、システムの消費電力が非線形に増加し、COP(成績係数)が低下するというトレードオフも存在する。最も効率的な運転点は2,000 rpm付近にあり、負荷に応じて回転数を変えるスマートな制御が必要であることが示された。
次に、バルブ開度の影響である。冷却板への冷媒供給を制御するバルブの開度を大きくすると、冷媒流量が大幅に増加し、蒸発温度を5.20°Cまで下げることも可能になった。これにより、電池パックの平均温度は確かに低下する。しかし、ここにも深刻なトレードオフが存在する。バルブ開度を大きくすることで、電池パック内の温度差(均一性)が悪化するのである。特に、バルブ開度11.2%という条件では、パック内の最大温度差が9.30°Cに達した。この温度差の大部分は、個々の電池セル内部の温度勾配によるものだった。研究では、温度差が大きい状況下では、単体電池の内部温度差がパック全体の温度差の88%を占めるという衝撃的な事実が明らかになった。これは、冷却の「強さ」を追求すればするほど、電池の底面(冷却板と接する部分)が過剰に冷やされ、セルの上部に熱が集中するため、セル内部に大きな温度差が生じるからである。電池の均一な劣化を防ぐには、平均温度だけでなく、セル内部の温度勾配をいかに抑えるかが極めて重要であることが、この実験で強く示された。
さらに、周囲温度の影響も調べられた。周囲温度が10°Cから30°Cに上昇すると、冷却板の熱負荷が増加し、冷媒の流量が減少し、蒸発温度が上昇するという、システムの自己調整的な挙動が観測された。しかし、周囲温度が高いほど、電池と冷媒の間の温度差が大きくなり、結果として冷却効率が向上するという逆説的な効果もあった。これは、システムが環境に応じて適応的に動作していることを示しており、実際の走行環境における安定性を裏付けている。
これらの実験結果は、冷媒直冷システムの大きな可能性と、同時に直面する課題を浮き彫りにしている。一方で、この技術には明確な利点がある。まず、システムの統合性である。電池冷却とキャビンの空調を同じ冷媒回路で行うことで、ポンプ、ラジエーター、冷却液タンクといった液体冷却に必要な多くの部品が不要になる。これにより、車両重量の削減、コストの低減、信頼性の向上が期待できる。また、冬季には電池の排熱をキャビンの暖房に利用する「ヒートポンプ」機能との連携が可能となり、航続距離の向上にも寄与する。
一方で、克服すべき課題も存在する。一つは、冷媒の流量制御である。実験では、冷却板の出口に液溜まりが発生し、その影響で下流の電池セルの温度が異常に下がるという現象が観測された。これは、冷媒が完全に蒸発せず、液相のまま流れ出てしまったためと考えられる。これを防ぐには、冷却板内のマイクロチャネルの設計を最適化し、冷媒の均一な蒸発と流れを確保する必要がある。もう一つの課題は環境への配慮である。実験で使用されたR134aは、高い地球温暖化係数(GWP)を持つため、将来的にはGWPの低い次世代冷媒への移行が不可避である。
この研究の方法論的強みは、実際の電池セルを用いた実験にある。多くの先行研究が電気ヒーターで発熱を模擬していたのに対し、江蘇大学のチームは、実際の放電サイクルで発熱する電池を用いてテストを行った。これにより、電気化学反応に伴う動的な熱生成を正確に捉えることができ、実用的な知見が得られた。また、各電池セルの複数の位置に温度センサーを配置し、パック全体の温度分布だけでなく、セル内部の温度勾配まで詳細に分析した点も、非常に高度なアプローチである。
総じて、単春賢教授らの研究は、EVの熱管理技術に新たな地平を切り開くものである。液体冷却が現在の主流であることは事実だが、超急速充電が一般的になる未来を見据えると、冷媒直冷はその性能の高さから必然的な選択肢となる可能性が高い。この研究は、その可能性を実験的に証明しただけでなく、実用化に向けた設計指針と課題を明確に提示した。今後の研究開発は、冷却板の構造最適化、低GWP冷媒との適合性、そしてセル内部の温度勾配を抑えるための新たな冷却戦略の開発へと進んでいくだろう。電池の「熱」をいかに制御するか。この一見地味な技術が、EVの真の性能と安全性を決める鍵を握っている。
単春賢、楊鵬、唐愛坤、夏灯富、江蘇大学エネルギー・動力工学部。江蘇大学学報(自然科学版)、DOI: 10.3969/j.issn.1671-7775.2024.01.005