新開発の二重環型イコライザがEVバッテリー性能を革新
電気自動車(EV)の進化は、その心臓部であるバッテリーパックの性能向上に大きく依存している。航続距離の延伸、充電時間の短縮、そして何よりもバッテリーの寿命と安全性の確保が、自動車メーカーと研究者たちの最優先課題となっている。その中で、複数のリチウムイオン電池セルを直列に接続して構成される大容量バッテリーパックにおいて、セル間の電圧バランスを保つ「セルバランス技術」は、パック全体の性能を左右する鍵となる技術である。不均衡な状態が続くと、最も弱いセルが限界に達した時点で充放電が停止し、本来の容量を十分に発揮できなくなるだけでなく、過充電や過放電による発熱、劣化の加速、さらには安全上のリスクを招く可能性がある。
従来のバランス技術には、抵抗を用いて余分なエネルギーを熱として放散する「パッシブバランス」と、エネルギーをセル間で直接移動させる「アクティブバランス」がある。アクティブバランスはエネルギー効率が高く、近年の高性能BMS(バッテリーマネジメントシステム)の主流となっている。しかし、代表的なアクティブバランス回路である「Buck-Boostコンバータ」には、パック内のセル数が増えるほど、エネルギーの移動経路が長くなり、効率が低下するという根本的な課題があった。また、リング型のトポロジーを採用するバランス回路も存在するが、これも大規模なパックでは十分な性能を発揮できていない。
この課題に一石を投じたのが、中国・塩城工学院の韓欣晟(ハン・シンセイ)氏と阚加荣(カン・ジャーロン)教授らの研究チームである。彼らは、Buck-Boostコンバータと「スイッチトキャパシタ」回路を組み合わせた「二重環型イコライザ」を新開発し、その優れた性能を実証した。この画期的な研究成果は、2024年4月号の学術誌『Electronic Science and Technology』に掲載され、EVのバッテリーテクノロジーに新たな風を吹き込む可能性を秘めている。
この新開発の二重環型イコライザの核心は、その階層的なアーキテクチャにある。研究チームは、12個の電池セルを3つのモジュール(M1, M2, M3)に分け、それぞれ4セルずつで構成した。そして、この構造を「下層」と「上層」の二つの環(リング)で管理する。
まず、「下層環」は各モジュールの内部で機能する。モジュール内の隣接するセル間にはBuck-Boostコンバータが配置され、モジュールの最初と最後のセル間にはスイッチトキャパシタ回路が配置される。これにより、一つのモジュール内では、短距離で高速かつ高効率なエネルギー移動が可能になる。スイッチトキャパシタは、コンデンサを介して電荷を直接移動させるため、変換段数が少なく、理論上非常に高い効率を実現できる。
次に、「上層環」はこれらのモジュール同士をつなぐ。隣接するモジュール間にはBuck-Boostコンバータが、そして最初と最後のモジュール間には再びスイッチトキャパシタ回路が配置される。これにより、モジュール間のエネルギー移動も、従来の直列接続に比べてはるかに短い経路で行えるようになる。
この二重構造の利点は、エネルギー移動の「距離」と「経路」を最適化することにある。従来の単一リング型や直列型では、あるセルから遠く離れたセルにエネルギーを送る場合、多くのコンバータを経由しなければならず、その分だけエネルギー損失が蓄積される。しかし、この二重環型では、まず「下層環」でモジュール内の不均衡を速やかに修正し、必要に応じて「上層環」でモジュール間の大きな不均衡を調整する。これにより、平均的なエネルギー移動経路が劇的に短縮され、全体の効率とスピードが向上する。
研究チームは、この複雑なネットワークを解析するために、数学の「グラフ理論」を応用した。電池セルを「ノード」、エネルギー移動経路を「エッジ」としてモデル化し、Buck-Boostとスイッチトキャパシタのそれぞれの効率を「重み」として設定。このモデルを用いることで、理論的に最適なバランス速度と効率を予測することが可能になった。このアプローチは、従来の経験則や単純な回路解析では得られない、体系的で定量的な評価を可能にした。
理論的な裏付けの後、研究チームはMATLAB/Simulink上で12セルのシミュレーションモデルを構築し、性能を検証した。シミュレーションでは、各セルに3.1Vから4.2Vまでの異なる初期電圧を設定し、バランスプロセスを再現した。その結果、新開発の二重環型イコライザは、わずか0.39秒で全てのセルの電圧をほぼ均一にすることが確認された。一方、同じ条件でテストされた従来の単一リング型イコライザは、0.72秒を要した。この差は実に46%ものスピード向上を意味し、理論予測を裏付けるものとなった。これは、BMSが急激な温度変化や急速充電時の不均衡に、はるかに迅速に対応できることを示しており、EVの安全性と性能向上に直結する。
スピードだけでなく、エネルギー効率も重要な指標である。研究チームは、4つの18650リチウムイオンセル(3.7V, 2600mAh)を用いた実機プロトタイプを製作し、実験による検証を行った。Buck-Boost回路の実測効率は約78.3%、スイッチトキャパシタ回路は約89.5%と、非常に高い値を記録した。これらのデータとグラフ理論モデルを組み合わせることで、システム全体のバランス効率を計算した。
その結果、二重環型システムの総合バランス効率は67.32%と算出された。一方、従来の単一リング型システムの効率は40.54%と計算された。これは、実に26.78%もの効率向上を意味する。この差は、単なる数字の違いにとどまらない。この「失われなかったエネルギー」は、そのままEVの航続距離の延伸、発熱の低減、そしてバッテリー寿命の延長に貢献する。例えば、同じサイズのバッテリーパックで、より多くのエネルギーを有効活用できるようになるのだ。
この技術の産業界へのインパクトは計り知れない。自動車メーカーは、この高効率・高速バランス技術を採用することで、よりコンパクトで軽量なバッテリーパックを設計できる可能性がある。また、急速充電時の制御がより精密になり、充電時間のさらなる短縮や、バッテリーへのストレスの低減が期待される。さらに、この設計のモジュラー性(モジュール化)は、拡張性の高さを示している。4セル、12セルの実験にとどまらず、大型バスやトラックに搭載される数百セルの巨大パックにも、同様の階層構造を適用することで、スケーラビリティの問題を解決できる。
制御の観点から見ても、このシステムは柔軟性に富んでいる。Buck-Boost回路はPWM(パルス幅変調)制御により、エネルギー移動量をきめ細かく調整できる。一方、スイッチトキャパシタは、高速なスイッチングで小刻みなエネルギー移動に向いている。BMSは、不均衡の程度や状況に応じて、これらの回路を最適に使い分ける「ハイブリッド制御」が可能になる。これは、よりスマートで適応的なバッテリーマネジメントの実現に近づくことを意味する。
この研究は、工学と数学の融合がもたらす革新の好例でもある。電池回路という非常に実践的な問題に、グラフ理論という抽象的な数学的手法を適用することで、従来のアプローチでは見えなかった「ネットワーク全体の最適化」という視点を得ることができた。この方法論は、今後のバッテリーテクノロジーの設計に新たなパラダイムを提供する可能性を秘めている。
結論として、韓欣晟氏と阚加荣教授らが開発した二重環型イコライザは、EVバッテリーテクノロジーにおける重要な一歩である。彼らは、単に回路の部品を組み合わせただけではなく、エネルギーの流れそのものを再設計した。その結果得られた46%のスピード向上と26.78%の効率向上は、理論、シミュレーション、実験のすべてで裏付けられ、その妥当性と有効性が証明された。この技術は、単なる研究段階の成果にとどまらず、将来的に実用化されれば、EVの航続距離、充電性能、安全性、そして最終的な所有コストにポジティブな影響を与えることが期待される。自動車産業が電動化の道を歩み続ける中で、こうした基盤技術の地道な進歩が、真の意味での「電動革命」を支えている。
韓欣晟、阚加荣、凌慧颖、王鹏、成乾、塩城工学院;Electronic Science and Technology;doi:10.16180/j.issn1007-7820.2024.04.003