EV用二元CO₂ヒートポンプ、効率を革新

EV用二元CO₂ヒートポンプ、効率を革新

電気自動車(EV)の普及に伴い、冬場の航続距離の大幅な低下という深刻な課題が浮き彫りになっている。内燃機関車がエンジンの廃熱を利用して室内暖房を行うのに対し、EVは暖房のためにバッテリーの電力を直接消費しなければならない。このため、特に寒冷地では、暖房用の電力消費が航続距離を最大で40%も削減する可能性がある。この問題を解決する鍵として、業界が注目しているのがヒートポンプ技術である。従来の抵抗ヒーター(PTC)とは異なり、ヒートポンプは外部の熱を室内に移動させるため、エネルギー効率がはるかに優れている。しかし、従来の冷媒(R134aやR1234yfなど)を用いたヒートポンプは、外気温が氷点下に下がると性能が急激に低下するという根本的な弱点を抱えていた。

この壁を打ち破る可能性を秘めた画期的な技術が、中国の自動車メーカー、上汽大衆汽車有限公司(SAIC Volkswagen Automotive Company)から発表された。同社のエンジニア、武悦(Wu Yue)氏が開発した「二元CO₂ヒートポンプシステム」は、単に室内を暖めるだけでなく、同時にバッテリーの温度も管理するという、次世代の統合型サーマルマネジメントを実現する。この研究成果は、2024年4月号の学術誌『Chinese Journal of Refrigeration Technology』に掲載され、その詳細な実験データと優れた性能が明らかにされた。

武氏の研究の核となるのは、冷媒としてCO₂(二酸化炭素)を採用している点にある。CO₂は自然由来の冷媒であり、毒性がなく、可燃性も低く、何より地球温暖化係数(GWP)が1と極めて小さい。これは、環境規制が厳しくなる中で、従来の高GWP冷媒に代わる持続可能な選択肢として、世界的に注目されている理由でもある。しかし、CO₂の真の価値は環境性能だけではない。その特異な熱力学的性質、特に「超臨界サイクル」での動作が、寒冷地での暖房性能を飛躍的に向上させる。

従来の冷媒は、高圧の凝縮器内で気体から液体へと相変化する際に、温度を一定に保ちながら熱を放出する。一方、CO₂は非常に高い圧力で動作するため、凝縮器内では完全に液体にならず、超臨界状態のまま温度が徐々に下がりながら熱を放出する。この「温度グライド」(温度滑り)という現象により、冷たい外気と暖房したい室内の間で、より効率的な熱交換が可能になる。結果として、CO₂ヒートポンプは低温環境下でも高い排気温度を維持でき、効果的な暖房を実現する。

武氏のシステムの最大の革新点は、この高性能なCO₂ヒートポンプを、室内暖房とバッテリー加熱の「二元」に同時に活用するという点にある。システムの構成を簡単に説明すると、圧縮されたCO₂ガスは、まず分岐して二つの並列ループに分けられる。一方のループは「空気側」であり、室内エアコンユニット内の熱交換器を通過し、そこで熱を放出して室内を暖める。もう一方のループは「水側」であり、バッテリーやモーターを冷却するための冷却水回路に接続された板式熱交換器を通過し、そこで熱を放出して冷却水を温める。この温められた冷却水がバッテリーを循環することで、バッテリーを最適な温度に保つ。

この並列設計の利点は、二つのループの熱配分を独立して精密に制御できることにある。これは、車両の状況に応じて、エネルギーを最も効果的に配分できるという意味だ。例えば、高速道路を長距離走行する際は、乗員の快適性が最優先されるため、多くの熱を室内に供給する。一方、極寒の駐車場から出発し、急速充電を行う前にバッテリーを温める必要がある場合、システムは一時的にバッテリー加熱にリソースを集中させることができる。この柔軟性が、全体のエネルギー効率を最大化する。

この精密な制御を可能にするのが、複数の電子膨張弁(EXV)である。武氏の研究では、これらの弁の開度がシステム全体の性能に与える影響を、実験台で詳細に分析した。その結果、最適な運用方法に関する重要な知見が得られた。

まず、室内暖房用の「空気側EXV」について。この弁の開度を増やすと、確かに室内への熱供給量は増加する。しかし、研究は驚くべき限界を示した。開度が70%を超えると、室内暖房の出力は頭打ちになり、逆に低下し始める。これは、弁の開度が大きすぎると、弁前後の圧力差が小さくなり、下流の蒸発器の安定した動作が妨げられるためだ。したがって、システム全体の総暖房能力を最大化するためには、この空気側EXVの開度を70%以下に保つ必要がある。これは、開発現場にとって非常に実用的な設計指針である。

次に、システム全体の流量と圧力を制御する「メイン回路EXV」である。この弁の開度は、システムの総合的な効率(COP:性能係数)に直接影響する。-12℃という厳しい低温条件下での実験結果によると、このメインEXVの最適開度は30%であった。この設定で、システムの暖房能力とCOPがともにピークに達した。開度をさらに広げると、システム圧力が下がりすぎて、外気から十分な熱を回収できなくなる。逆に、開度を狭めすぎると、圧力が上がりすぎて圧縮機の負荷が増し、消費電力が増大する。30%という数字は、効率と能力の絶妙なバランスを示しており、実際の制御ロジックに直結する重要なパラメータである。

バッテリー加熱の制御は、さらに巧妙な方法で行われる。水側ループには、板式熱交換器の前後にそれぞれEXVが設置されている。この「二重弁」構造が、バッテリー加熱の鍵を握っている。研究では、後方のEXVの開度を5%から100%に変化させたところ、水側のCO₂流量が55%も増加し、バッテリーへの熱供給が劇的に増加した。一方、室内暖房への熱供給は比例して減少したが、システム全体の総暖房能力は安定したままであった。これは、二つの弁を組み合わせることで、バッテリー加熱に必要な流量を非常に細かく、かつ効率的に調整できるためである。この柔軟性により、バッテリーの温度上昇に応じて、加熱の強度をリアルタイムで最適化することが可能になる。

さらに印象的なのは、このシステムの「安定性」である。バッテリーが加熱されると、熱交換器に戻ってくる冷却水の温度も上昇する。実験では、この入口水温を-16℃から0℃まで変化させたが、システムの総暖房能力は5%未満、COPは8%未満しか変化しなかった。これは、バッテリーの温度が変化しても、ヒートポンプ自体の性能が大きく乱れないことを意味する。制御システムにとっては、外乱が少なく、安定した運転が可能であることを示しており、実用化における大きな強みとなる。

この技術の意義は、単に暖房効率を高めるだけにとどまらない。現代のEVは、モーターやインバーター、回生ブレーキなど、複数の箇所で廃熱を発生している。武氏の二元CO₂システムは、これらの廃熱を回収し、CO₂サイクルに統合して再利用する可能性を秘めている。例えば、高速走行中に発生するモーターの廃熱を、CO₂ループで回収し、それを室内暖房やバッテリー加熱に活用する。このような「廃熱回生」を実現すれば、外部からのエネルギー消費をさらに削減し、航続距離をさらに伸ばすことができる。

また、CO₂冷媒の採用は、サプライチェーン全体の環境負荷を低減する。CO₂は自然界に豊富に存在し、製造や廃棄の際に新たな環境負荷を生まない。これにより、車両のライフサイクル全体でのカーボンフットプリントの削減に貢献する。世界的な自動車メーカーの間で、CO₂ヒートポンプの採用が進んでいる(例:BMW、Toyota)のは、こうした環境的優位性が大きな理由である。

もちろん、この技術には課題も存在する。CO₂は非常に高い圧力(100バール以上)で動作するため、耐圧性の高い専用の部品(圧縮機、熱交換器、配管)が必要となり、コストと重量が増加する可能性がある。また、超臨界サイクルの制御は複雑であり、高度なセンサーとリアルタイム制御アルゴリズムが求められる。しかし、武氏の研究が提供する詳細な実験データは、こうした制御ロジックの開発を支える貴重な基盤となる。

最終的なユーザーにとってのメリットは明確だ。より効率的な暖房システムは、冬場の航続距離の不安を大幅に軽減する。航続距離の30%を暖房に失っていた車が、15%以下に抑えられれば、目的地までの到達可能性が劇的に向上する。これは、EVの実用性と信頼性を高める直接的な要因となる。また、バッテリーが常に最適温度に保たれることで、急速充電のパフォーマンスも安定し、長期間にわたってバッテリーの劣化を抑制することにもつながる。

結論として、武悦氏が上汽大衆汽車有限公司で行ったこの研究は、EVの寒冷地対応技術に新たな地平を切り開いたものと言える。二元CO₂ヒートポンプというアプローチは、室内暖房とバッテリー管理という二つの課題を、一つの高効率なシステムで解決する、真に統合的なソリューションである。実験結果が示す高い効率、優れた安定性、そして柔軟な制御性は、この技術が近い将来の量産車に搭載される可能性を強く示唆している。EVの普及を加速し、より快適で信頼性の高い電動モビリティの実現に、この技術は大きく貢献するだろう。

EV用二元CO₂ヒートポンプ、効率を革新
武悦、上汽大衆汽車有限公司
Chinese Journal of Refrigeration Technology, doi: 10.3969/j.issn.2095-4468.2024.02.204