電気自動車の振動解析、新モデルで精度向上
電気自動車(EV)の開発において、静粛性と快適性を左右する「NVH(騒音・振動・ハーシュネス)」性能は、顧客満足度を決める鍵となる要素だ。内燃機関の遮音効果がなくなるEVでは、パワートレインから発生する微細な振動が車内に直接伝わりやすくなる。このため、エンジンやモーターを車体から隔離する「マウントシステム」の設計が、従来以上に重要になっている。この分野で、中国の研究チームが画期的な分析手法を確立し、マウントシステムの設計精度を飛躍的に高める可能性を示した。その研究成果は、学術誌『湖南大学学報(自然科学版)』に掲載され、業界内外の注目を集めている。
この研究を主導したのは、華南理工大学の呂輝(リュウ・フイ)准教授と広州城市理工学院の李長玉(リー・チャンユー)教授らの研究チームである。彼らは、従来の解析方法が抱える根本的な課題を解決すべく、新たな「多角凸集合モデル(PCSモデル)」を提案した。このモデルの核心は、設計プロセスにおける「不確かさ(uncertainty)」を、より現実に即して捉える点にある。
自動車の設計は、理想通りに進むことはほとんどない。特にゴム製のマウントは、材料のロットごとの差異、製造時の温度や圧力の変動、使用に伴う経年変化など、数多くの要因でその剛性(硬さ)が変化する。従来のエンジニアリングでは、この不確かさを「±10%の範囲で変動する」といった「区間モデル」で扱うことが一般的だった。しかし、このモデルには大きな盲点がある。それは、複数のパラメータが互いに独立していると仮定してしまう点だ。
例えば、一つのマウントはX(前後)、Y(左右)、Z(上下)の3方向に剛性を持つ。区間モデルは、X方向の剛性が±10%、Y方向も±10%、Z方向も±10%と、それぞれ独立に変動すると考える。しかし、現実には、あるロットのゴムが全体的に硬めにできてしまった場合、そのマウントのX、Y、Zの剛性はすべてやや高めになる。逆に、柔らかめのロットであれば、3方向の剛性はすべてやや低めになる。つまり、一つのマウント内部では、3方向の剛性間に強い「相関」が存在する。一方で、車体左側のマウントと右側のマウントは、別々の部品であり、その剛性変動は互いに独立している。
この「マウント内ではパラメータが相関し、マウント間では独立」という複雑な構造を、従来の区間モデルは全く無視していた。その結果、解析モデルは、現実にはあり得ない「左マウントだけが極端に硬く、右マウントだけが極端に柔らかい」といった非現実的なシナリオをも考慮に入れていた。これにより、解析結果は過剰に保守的(安全側に倒れた)ものになり、実際の性能を正確に予測できず、設計の最適化が妨げられていた。
この問題に対処するため、研究チームは「主成分分析(PCA)」という統計手法を応用した。PCAは、複数の関連するデータの背後にある「主要な変動の方向」を見つける技術である。研究チームは、まず、実際のマウントの剛性データから、X、Y、Zの3方向の相関関係をPCAで分析し、その「主成分軸」を特定した。これにより、従来のX、Y、Z軸ではなく、データの実際の広がりに沿った新しい座標系が構築される。
ここで生まれたのが、PCSモデルの二本柱の一つ、「主成分区間モデル」だ。このモデルは、新しい座標系上で剛性の変動範囲を定義するため、従来の区間モデルよりもはるかに現実のデータ分布に近い、コンパクトな不確かさの領域を描き出す。しかし、研究チームはここで満足しなかった。なぜなら、主成分区間モデルは、新しい座標系ではコンパクトだが、元のX、Y、Zの物理的な剛性の範囲を超えてしまう可能性があるからだ。
そこで登場するのが、PCSモデルのもう一つの柱である「交差(intersection)」の概念だ。研究チームは、従来の「物理的な剛性の範囲」を表す区間モデルと、PCAで得られた「データの相関構造」を表す主成分区間モデルの両方に含まれる領域、つまり「共通部分」だけを最終的な不確かさの領域として定義した。この「交差」によって得られる領域が、まさに「多角凸集合(Polygonal Convex Set)」である。この領域は、現実のデータを完全に内包しつつ、非現実的な「空白領域」を排除し、物理的な制約も満たす、現実世界に最も忠実な不確かさの表現となる。
この革新的なPCSモデルを用いて、研究チームは実際のEVの3点マウントシステムの解析を行った。その結果は、従来手法との明確な差を示した。まず、パラメータの相関を全く考慮しない区間モデルでは、振動の「解離率(decoupling rate)」の予測範囲が非常に広く、保守的になりすぎていた。一方、相関を考慮するための先行研究で使われた「多次元平行六面体モデル」では、ある程度の改善が見られたものの、依然として不必要な余裕が残っていた。
対照的に、PCSモデルは、相関が強いほど、解離率の予測範囲を劇的に狭めることに成功した。例えば、X軸方向の解離率(DX)の予測範囲は、相関が強い条件下で、従来の区間モデルが45.67%~81.69%という広い範囲を示したのに対し、PCSモデルは59.77%~75.75%というはるかに現実的で狭い範囲に収束させた。これは、設計エンジニアが実際に期待できる性能のばらつきを、はるかに正確に把握できることを意味する。過剰な安全係数を設ける必要がなくなり、軽量化やコスト削減につながる可能性がある。
さらに興味深い発見は、相関の影響が予測の「上限」と「下限」に非対称に現れたことだ。相関が高くなると、解離率の下限値が大きく上昇する傾向が見られた。これは、パラメータの相関が、システムの最低性能を底上げする効果があることを示唆している。つまり、マウントの剛性がロットごとに一様に変化するという「相関」は、ある意味で「バラツキを抑える効果」を持っている。この知見は、品質管理の戦略にも大きな示唆を与える。すべてのマウントの平均値を厳しく管理するよりも、特定のマウントの剛性の「一貫性」(相関の高さ)に注力する方が、NVH性能の安定性向上に効果的である可能性がある。
研究チームはさらに、どのマウントの相関がシステムに最も大きな影響を与えるかを分析した。その結果、右側のマウントと前方のマウントの剛性相関が、特にX軸とZ軸方向の解離率に大きな影響を及ぼすことが判明した。これは、これらのマウントが、車体のねじれや上下動を制御する上で特に重要な役割を果たしているためと考えられる。この情報は、設計段階で重点的に品質管理を行うべきポイントを明確に示しており、開発リソースの最適配分に直結する。
この研究の意義は、単に一つの解析手法を改良したことにとどまらない。それは、自動車開発のパラダイムシフトを象徴している。従来の「理想条件の下での最適化」から、「現実の不確かさを内包したロバスト設計(頑健設計)」への転換である。EVの開発競争が激化する中、わずかなNVH性能の差がブランドイメージを左右する時代。PCSモデルのような高度な不確かさ解析手法は、差別化のための強力な武器となり得る。また、この手法はEVのマウントに限らず、サスペンションやシャシーなど、多くの部品の設計に応用可能であり、その影響範囲は広い。
華南理工大学の呂輝准教授は、「設計の世界には、教科書通りにいかない現実の不確かさが常に存在します。我々の研究は、その現実を無視するのではなく、数理的に捉え、設計の精度を高めるためのツールを提供することを目指しています」と語る。この一歩が、未来の静かで快適なEVの実現に、確実に貢献していくだろう。
Lü Hui, Liao Zeyun, Li Changyu, Shangguan Wenbin, Xiao Guoquan, South China University of Technology, Guangzhou City University of Technology, Journal of Hunan University (Natural Sciences), DOI: 10.16339/j.cnki.hdxbzkb.2024185