交通流理論でEV充電需要を予測

交通流理論でEV充電需要を予測

電動車(EV)の普及が加速する中、都市のインフラに深刻な影響を与える新たな課題が浮上している。それは、何百万台ものEVがいつ、どこで充電するのかという予測の難しさである。従来の研究では、個々のEVドライバーの行動をコンピュータ上で何千回もシミュレーションする「モンテカルロ法」が主流だった。しかし、この方法には決定的な欠陥がある。膨大な計算時間と、現実の交通流を無視した点だ。個々の車両が最短ルートを選ぶという単純な仮定では、渋滞が発生し、その結果として他の車両のルートが変わるという、複雑な相互作用を捉えることができない。

この課題に真っ向から挑んだのが、中国・華南理工大学と広東電力網の研究チームだ。彼らは、交通工学の根本原理である「交通均衡理論」を応用し、EVの充電需要を驚くほど高速かつ正確に予測する新しいモデルを開発した。この画期的な成果は、電力網の安定運営やEV充電インフラの最適配置に革命をもたらす可能性を秘めている。

この研究の核心は、視点の転換にある。従来の「マイクロ」なアプローチ、つまり、各ドライバーを独立した存在として扱うのではなく、EVを一つの「群れ」として捉える「マクロ」な視点を採用した。これは、鳥の群れや魚の群れが個体の意志を超えて全体として一つの流れを形成するのと似ている。研究チームのリーダーである朱峻良(Zhu Junliang)氏は、「一つの車がルートを変えても、それだけでは大きな影響はありません。しかし、多くの車が同時に同じルートを選ぶと、そのルートはすぐに渋滞し、他の車は別の道を選びます。この相互作用の結果として、全体の交通流が決まるのです。私たちはこの集団的な均衡状態をモデル化することで、より現実に近い予測を可能にしました」と語る。

彼らが構築したモデルの名前は「半動的交通均衡モデル」。このモデルは、一日を15分から90分の複数の時間帯に分け、各時間帯ごとに「交通の均衡」が成立していると仮定する。ここでいう均衡とは、もはや誰も自分のルートを変えることで、移動時間を短縮できない状態、いわば最適化された交通流のことを指す。この理論は、道路の容量や通行料金の設計など、都市交通の基礎をなしている。

しかし、現実の交通は静的ではない。朝のラッシュアワーでは、多くの車が一気に道路に流れ込む。その結果、ある時間帯に目的地に到着できなかった車両が、次の時間帯の交通に影響を与える。これを「余流」と呼ぶ。このモデルの「半動的」という名前は、この「余流」の影響を考慮に入れていることに由来する。前時間帯の「余流」を、次の時間帯の交通需要として組み込むことで、渋滞の発生と伝播をリアルタイムでシミュレーションすることが可能になる。

もう一つの革新は、「組み合わせ荷電状態(Combined State of Charge: CSOC)」という概念の導入だ。従来のモデルでは、各EVのバッテリー残量(SOC)を一つ一つ追跡していた。しかし、この方法は計算量が膨大になる。研究チームは、逆に、全てのEVのSOCを一つの「集団的な分布」として扱うことにした。例えば、朝の出勤時間帯、ある地域に停車しているEVのSOCは、平均50%、バラつき10%の正規分布に従っていると仮定する。この仮定は、多くの車が夜間に充電し、朝には中間的な残量で出発するという現実の行動パターンに合致している。

この「CSOC」の分布は、EVが走行することで変化する。走れば走るほど、集団全体のSOC分布は左にシフトし、平均残量が低下する。モデルは、この分布の変化を追跡し、ある地点に到着したEVのうち、残量が20%を下回った(充電が必要と判断される)車両の割合を計算する。さらに、その車両が充電を開始した瞬間のSOCが低いほど、満充電(80%までが急速充電)に至るまでの時間が長くなるというバッテリーの特性も組み込む。これにより、ある時間・ある場所での「平均的な充電電力」を、確率的に高精度に算出することができる。

この理論的なモデルが、果たして現実の交通を正確に再現できるのか?研究チームは、それを検証するために、まず13ノードの標準的な道路網(Nguyen-Dupuisネットワーク)で実験を行った。結果は驚くべきものだった。従来のモンテカルロ法で100回のシミュレーションを実行するのに4時間以上かかったのに対、この新しいモデルはたった4.8秒で同等の精度の結果を出力した。その差は3000倍以上である。計算速度の違いは、単なる数字の差ではなく、研究の質を根本から変えるものだ。研究者は、複数の未来シナリオ(例:EV普及率が30%の時、50%の時)を即座に比較し、どのインフラ投資が最も効果的かを瞬時に判断できるようになる。

さらに、研究は実際の都市の複雑な道路網でも検証された。オープンソースの地図データ「OpenStreetMap」を用いて、中国・広州市天河区の道路網を再現。このネットワークは、4777の交差点と5890の道路から構成され、現実の都市と同等の複雑さを持つ。ここで再び、モデルの優位性が証明された。50回のモンテカルロシミュレーションに4万秒以上かかったのに対、新しいモデルは978秒で完了した。計算効率は2.4%に留まるが、それでも現実的な時間で大規模なシミュレーションが可能であることを示している。

これらのシミュレーションから、いくつかの重要な知見が得られた。まず、EVの充電需要は、人の移動需要に強く依存しているが、必ず1時間程度の「タイムラグ」が生じる。移動のピークが午後6時であれば、充電のピークは午後7時になる。これは、人々が目的地に到着してから、初めて充電を開始するという自然な行動パターンを反映している。

次に、EVの普及率が上がると、平均的な充電負荷も比例して増加するが、その「ピークの形状」や「発生時刻」は変わらない。これは、EVの増加が交通パターンそのものを変えるのではなく、既存の交通流に乗って電力を消費していることを意味している。したがって、都市の交通インフラの設計が、間接的に電力需要の形状を決定していると言える。

そして最も重要な発見は、道路網の構造そのものが電力需要に直接影響を与えることだ。研究チームは、道路の通行能力を半分に下げて渋滞をシミュレーションした。その結果、移動のピークは遅れ、充電のピークもさらに遅れた。それだけでなく、平均的な充電負荷が15%も上昇した。なぜか? 渋滞により、多くのEVが本来の最短ルートではなく、より長い迂回路を走らざるを得なくなるため、その分だけエネルギーを多く消費し、結果として充電量が増えるからだ。同様に、道路の距離を2倍、3倍に延ばすシナリオでも、充電負荷は増加し、ピーク時刻は遅くなった。この結果は、都市の物理的な設計、つまり「都市計画」が、エネルギー政策と深く結びついていることを示している。

この研究の意義は、単に計算が早くなったという点に留まらない。それは、交通システムと電力システムという、これまで別々に管理されてきた二つの巨大なインフラが、EVという媒介によって、もはや切り離せない関係にあることを明確に示した点にある。交通工学の専門家は、今後、道路の設計にあたって電力網への影響を、電力会社は、電力の供給計画にあたって交通流の変化を、それぞれ意識せざるを得なくなる。

今後の展望として、研究チームは、より現実的な要素をモデルに組み込む計画を立てている。例えば、時間帯によって変動する電気料金。ドライバーは、移動時間だけでなく、充電コストも考慮してルートを選ぶだろう。この経済的なインセンティブを組み込めば、ピークシフトを促す「スマート充電」の効果を事前に評価できる。また、長距離移動時の途中充電も、今後の重要な課題だ。現在のモデルは、主に目的地での充電を想定しているが、将来的には、高速道路のサービスエリアでの充電需要を予測する必要がある。

さらに先を見据えると、自動運転車やカーシェアリングの普及だ。これらの技術は、EVの利用パターンを根本から変える。自動運転のEVは、オーナーが使わない時間帯に自ら走り、最適な場所で充電を行う「自律走行充電」が可能になる。カーシェアのEVは、一日中稼働し、数回の短時間充電を繰り返す可能性が高い。このような新たなモビリティの形態が普及すれば、夜間の集中充電という現在の常識は、完全に覆されるだろう。

朱峻良氏らのこの研究は、単なる学術的な成果ではなく、スマートシティの実現に向けた地図を描いたと言える。未来の都市は、交通とエネルギーがシームレスに連携する「統合システム」でなければならない。その設計の第一歩として、この「交通流理論」に基づくEV充電需要予測モデルは、極めて重要な役割を果たすことだろう。

Zhu Junliang, Wu Zhigang, Liu Jianing, South China University of Technology and Guangdong Power Grid, Power System Technology, DOI: 10.13335/j.1000-3673.pst.2023.0095