EVの高電圧安全、新技術で飛躍的進展
電気自動車(EV)の安全性、特に衝突時の高電圧システムのリスク管理は、産業界の最重要課題の一つである。この度、中国・浙江大学の研究チームが、EVの駆動システムに内蔵された大容量コンデンサ(DCバスコンデンサ)に蓄えられた危険な高電圧を、従来の方法に比べて劇的に速く、かつ安定的に安全電圧まで低下させる画期的な新技術を開発した。この成果は、国際的な学術誌『Transactions of China Electrotechnical Society』に掲載され、EVの安全性向上に新たな地平を切り開くものと期待されている。
EVの普及が進む中、その高電圧駆動システム(通常300V~800V)は、衝突などの緊急事態において重大な安全リスクを孕んでいる。事故発生時、主電源は瞬時に遮断されるが、モーターが回転を続けることで誘導される電圧や、DCバスコンデンサに蓄えられたエネルギーが、数秒間にわたり危険な高電圧を維持してしまう。このため、車内に取り残された乗員や、迅速な救助活動を行うレスキュー隊員が感電する危険性がある。
このリスクに対処するため、国連欧州経済委員会(UNECE)の車両安全規制「ECE R94」は、衝突後5秒以内にDCバス電圧を60V以下の安全レベルまで低下させる「アクティブ放電機能」の搭載を義務付けている。この規制を満たすために、従来は、大電力抵抗器とスイッチからなる外部放電回路を追加する方法が主流だった。しかし、この方法は、重量、体積、コストの増加という大きな課題を抱えていた。車両の軽量化や効率化が進む中、余計な部品を追加することは、設計上の大きな負担となっていた。
これに対し、近年注目されているのが「モーターコイルを放電抵抗として活用する」方法である。EVに搭載される永久磁石同期モーター(PMSM)のコイルは、銅線でできており、それ自体が抵抗を持っている。この特性を利用して、モーターを制御することで、蓄えられたエネルギーをコイルの発熱として消費し、外部回路なしで放電を実現しようという発想だ。これは非常にエレガントな解決策であり、部品点数の削減とシステムの簡素化が可能となる。
しかし、この方法にも大きな課題があった。特に、電圧を60Vに下げた後、その電圧を安定的に維持する制御が極めて困難だった。多くの既存技術は、伝統的なPI(比例・積分)制御を用いているが、この制御方式には致命的な弱点がある。PI制御は、ある特定の動作点に最適化されて設計される。しかし、放電中はモーターの回転数が急速に変化するため、その動作点も大きく揺らぐ。この結果、制御系が追従できず、DCバス電圧が60Vの目標値を大きく超えて振動(オーバーシュート)してしまう。たとえ一瞬でも電圧が安全レベルを超えることは、レスキュー活動に深刻なリスクをもたらす。
この長年の課題を解決したのが、浙江大学の張暁軍(Zhang Xiaojun)、楊家強(Yang Jiaqiang)の両氏と周宇晨(Zhou Yuchen)氏からなる研究チームだ。彼らが提案したのは、「総損失電力推定」と「拡張スライディングモードオブザーバ(ESMO)」を活用した革新的な制御手法である。
その核心は、システムの「総損失」をリアルタイムで高精度に観測し、それを制御にフィードフォワード(前もって補償)するという発想の転換にある。放電中、エネルギーは単に消失するのではなく、インバータの損失、モーター巻線の銅損(ジュール熱)、モーターのインダクタンスに蓄えられるエネルギーなど、さまざまな形で「損失」として消費される。研究チームは、これらのすべての損失を合算した「総損失電力」という一つの大きな「撹乱」(disturbance)として捉えた。
そして、この「総損失電力」を推定するために、非線形制御理論の一つである「拡張スライディングモードオブザーバ(ESMO)」を採用した。ESMOは、従来の線形オブザーバとは異なり、システムのパラメータ変動や外部の不確実性に対して非常にロバスト(頑健)である。モーターの抵抗値や磁束が温度や経年変化で多少変わっても、ESMOはその変化を正確に捉えて、総損失電力をリアルタイムで高精度に推定することができる。
この推定された「総損失電力」が、制御の鍵となる。制御アルゴリズムは、この推定値をもとに、モーターに流す電流を精密に調整する。具体的には、総損失が大きくなると予測されれば、それを相殺するように電流を調整し、逆に損失が小さくなると予測されれば、それに応じて補正する。このフィードフォワード制御により、モーターの回転数やシステムパラメータの変化による影響が事前に打ち消され、DCバス電圧は60Vの目標値に「ロックオン」されたように安定して維持される。
このプロセスは二段階で行われる。第一段階では、モーターの磁力を弱める「d軸減磁電流」を強力に印加し、モーターが発生する逆起電力を急激に低下させることで、DCバス電圧を310Vから60Vまで急速に引き下げる。この段階は比較的単純な制御で実現できる。第二段階が本番であり、電圧が60Vに近づいた時点で、ESMOが起動し、「総損失電力」の推定とフィードフォワード制御を開始する。これにより、電圧のオーバーシュートや振動が完全に抑制され、非常にクリーンで安定した放電プロファイルが実現される。
研究チームは、3.8kWのPMSMを用いた実験プラットフォームで、この新技術の性能を従来のPI制御や、別の先進的な制御手法(摂動オブザーバ、DOB)と比較した。その結果は圧倒的だった。新技術は、DCバス電圧を60Vまで低下させるのにわずか0.2秒しかかからなかった。一方、PI制御では1.2秒、DOB制御でも0.3秒を要した。つまり、新技術はPI制御の5倍、DOB制御の1.5倍も高速である。
さらに重要なのは安定性の差だ。PI制御では、電圧が60Vに達した際に最大12Vのオーバーシュートが発生したのに対、新技術ではオーバーシュートが0.5V以下に抑えられた。これは、安全を確保する上で決定的な差となる。また、放電全体の所要時間も、PI制御の2.45秒から2.25秒に短縮された。
研究チームは、さらなるロバスト性の検証として、意図的にモーターのパラメータに±20%の誤差を導入する過酷な実験も行った。実際の車両では、温度変化や経年劣化によりパラメータが変動するため、この検証は極めて現実的である。その結果、ESMOはパラメータの誤差を正確に捉え、その影響を補償しながら、依然としてDCバス電圧を60Vに安定して維持することに成功した。これは、本技術が実用環境においても高い信頼性を持つことを示している。
この技術の利点は多岐にわたる。第一に、外部の放電回路が不要になるため、重量、体積、コストが削減され、EVのパワーデンシティ(出力密度)が向上する。第二に、制御が非常に高速かつ安定的であるため、ECE R94の規制を余裕を持って満たすことができ、乗員とレスキュー隊員の安全性が飛躍的に向上する。第三に、アルゴリズムは汎用的なデジタル信号プロセッサ(DSP)に実装可能であり、既存のEVプラットフォームへの適用も容易である。
この研究は、EVの安全技術が、単なる「部品の追加」から「知能的な制御」へと進化していることを象徴している。モーターという既存のハードウェアを、単なる動力源ではなく、安全装置の一部として再定義する。これは、システムの複雑さを増すのではなく、既存のリソースをより賢く、より効率的に活用する、エレガントな解決策である。
自動車メーカー各社は、この技術の実用化に注目している。特に、800Vハイパワーシステムを採用する高級EVでは、蓄えられるエネルギーがさらに大きくなるため、高速かつ確実な放電技術の重要性はますます高まっている。浙江大学のこの研究成果は、EVの安全性の基準を一気に引き上げる可能性を秘めている。
今後の課題は、この技術を量産車にどのように統合し、さらにコストを最適化するかにある。しかし、その技術的有効性と優位性は、シミュレーションと実験の両面で立証された。これは、EVの未来をより安全で信頼できるものにするための、確かな一歩である。
張暁軍、楊家強、周宇晨、浙江大学、Transactions of China Electrotechnical Society、DOI: 10.19595/j.cnki.1000-6753.tces.222284