電動車のバッテリー寿命を延ばす新制御戦略

電動車のバッテリー寿命を延ばす新制御戦略

電気自動車(EV)のコアであるリチウムイオンバッテリーの寿命を大幅に延ばす画期的なエネルギー管理戦略が登場した。中国・遼寧工業大学の史江昆(シ・ジャンクン)、申彩英(シェン・ツァイイン)、陳鑫(チェン・シン)らの研究チームは、小波変換とファジィ制御を組み合わせた新しい制御アルゴリズムを開発。この戦略により、バッテリーにかかるピーク負荷を効果的に低減し、寿命を最大で16.74%延ばすことに成功した。この成果は、EVの走行距離の限界を突破するだけでなく、所有コストの削減という観点からも、業界に大きなインパクトを与えるものだ。

EVの普及が進む中、その最大の課題の一つがバッテリーの寿命とコストである。バッテリーは高価な部品であり、その交換費用は車両価格の大きな割合を占める。特に、急加速や急ブレーキといった日常的な走行中の急激な電力の出し入れは、バッテリーに大きなストレスを与え、化学的な劣化を加速させる。この「ピーク電流」が、バッテリーのサイクル寿命を短くする主な原因の一つとされている。従来のEVは、この電力の変動をすべてバッテリーが担う構造が多かったため、耐久性に限界があった。

この問題の解決策として、研究チームは「複合電源システム」に着目した。これは、エネルギー密度が高く長時間の駆動に適したリチウムイオンバッテリーと、出力密度が高く瞬間的なパワーを供給できるスーパーキャパシタを組み合わせたものだ。この二つの特性の異なるエネルギー源を上手く使い分けることで、理想的な電力供給が可能になる。しかし、肝心なのは、どのようにしてこの二つの電源に電力を最適に分配するかという「エネルギー管理戦略」である。これがシステムの成否を大きく左右する。

これまでの管理戦略には、ルールベースのものや最適化アルゴリズムを用いたものなどがあるが、それぞれに課題があった。例えば、小波変換を用いる手法は、車両の電力要求を高周波成分(急激な変動)と低周波成分(安定した駆動)に分けるのに非常に有効だ。高周波成分をスーパーキャパシタに、低周波成分をバッテリーに割り当てることで、バッテリーのピーク負荷を下げられる。しかし、この手法には致命的な欠点がある。それは、エネルギーストレージの「充電状態(SOC)」をリアルタイムで監視できないことだ。もし、スーパーキャパシタのSOCが低下した状態で急加速が要求されても、小波変換は依然として高周波成分を割り当てようとする。これでは、空のスーパーキャパシタは役に立たず、結局バッテリーが全ての負荷を背負うことになり、制御の意味がなくなってしまう。

遼寧工業大学の研究チームが打ち出した解決策が、「小波変換-ファジィ制御」のハイブリッド戦略である。彼らは、小波変換の信号分解能力と、ファジィ制御の柔軟な判断能力を融合させることで、従来の欠点を克服した。この戦略のプロセスは二段階に分けられる。

第一段階は、小波変換による電力の「分解」である。研究チームは、信号処理分野で広く使われる「Haar小波」を採用した。このアルゴリズムは、車両の総電力要求信号を、複数のレベルに分けて高周波と低周波に分離する。研究では、5段階の分解が最適とされ、最終的にスーパーキャパシタが高周波成分を、バッテリーが低周波成分を担当するように設計された。この分解プロセスは、1秒間に1回のサンプリングレートで行われ、走行中の電力変動に即座に対応できる。

しかし、ここでファジィ制御の出番となる。第二段階では、小波変換で得られた高周波電力の割合に加え、「バッテリーのSOC」と「スーパーキャパシタのSOC」という二つの重要な情報をファジィコントローラーに入力する。ファジィ制御の特徴は、「0か1か」の二値論理ではなく、「やや多い」「かなり低い」などの曖昧な言葉でルールを定義できる点にある。これにより、人間の直感的な判断を模倣し、複雑な状況でも柔軟な対応が可能になる。

具体的には、以下のようなルールが設定されている。例えば、車両が急加速を要求している(高周波電力要求が大きい)が、スーパーキャパシタのSOCが「低い」場合。このとき、ファジィコントローラーは「スーパーキャパシタに負荷をかけすぎず、バッテリーにも少し負担を分担させるべきだ」と判断し、小波変換で決められた割合を調整する。逆に、急ブレーキで回生電力が発生し、スーパーキャパシタのSOCが「やや低い」場合は、「今が充電のチャンスだ」と判断し、回生電力を優先的にスーパーキャパシタに充電するよう指令を出す。このように、ファジィ制御は、小波変換の「骨組み」に「頭脳」を与えることで、より賢く、より安全なエネルギー管理を実現している。

この高度な制御戦略の有効性を検証するため、研究チームは大規模なシミュレーションと実機実験を実施した。まず、MATLAB/SimulinkとADVISORという業界標準のシミュレーションソフトを用いて、市販EVをモデルとした詳細な車両モデルを構築。新欧州走行サイクル(NEDC)という標準的な走行パターンで、従来の単一バッテリーシステムと、新戦略を採用した複合電源システムの性能を比較した。

その結果は劇的だった。複合電源システムにおいて、リチウムイオンバッテリーの駆動ピーク電流は、従来システムに比べて20.68%も低下した。これは、急加速時などにバッテリーにかかる最大負荷が、約5分の1にまで軽減されたことを意味する。ピーク電流の低減は、バッテリー内部の発熱や化学反応のストレスを大幅に軽減し、劣化を遅らせる。実際に、バッテリーの寿命損失を計算するモデルを用いて評価したところ、寿命が16.74%向上することが定量的に証明された。これは、同じ条件で走行すれば、バッテリーの交換時期が数年単位で延びることを示唆している。

シミュレーションだけでは不十分だ。理論が実際の物理世界でも機能するかを確かめるため、研究チームは実物の数分の一に縮小した複合電源システムの試験プラットフォームを構築した。このプラットフォームには、24セルのリチウム鉄リン酸(LFP)バッテリーモジュール、2台の48V/165Fスーパーキャパシタモジュール、20kWの双方向DC/DCコンバーター、そして負荷を模擬するシステムが含まれている。制御アルゴリズムは、RapidECUというリアルタイムコントローラーに組み込まれ、NEDCサイクルを模した負荷を実際に印加して試験が行われた。

実験結果は、シミュレーションを裏付けるものだった。実機でも、複合電源システムのバッテリーのピーク電流は20.85%低下し、寿命損失は15.86%改善された。特に注目すべきは、スーパーキャパシタのSOC(ここでは端子電圧で監視)の挙動である。急加速で放電し、電圧が53V(SOC約58%)まで低下した後、急ブレーキ時の回生エネルギーで電圧が64Vまで回復する様子が観測された。これは、ファジィ制御が「SOCが低下したから放電を控えめにし、回生時は積極的に充電する」という、まさに想定通りの賢い判断を行っていることを実証している。このSOCの動的バランス維持こそが、システムが長期的に安定して動作できる鍵である。

この研究の意義は、技術的な成果そのもの以上にある。それは、EVの「走り」の性能と「持続可能性」の性能が、必ずしもトレードオフの関係ではないことを示した点だ。従来は、より遠くまで走るため、より速く走るためには、バッテリーに過酷な条件を課さざるを得なかった。しかし、この複合電源とスマート制御の組み合わせにより、「高性能」と「長寿命」を同時に実現する新しいパラダイムが開かれた。

自動車メーカーにとっては、この技術は大きなビジネスチャンスとなる。バッテリー寿命の延長は、保証期間の延長や、中古車の価値維持に直結し、ブランドの信頼性を高める。また、バッテリーの劣化を抑えることで、同じ走行距離を維持するために搭載するバッテリー容量をやや小さくできる可能性もあり、車両の軽量化やコスト削減にもつながる。消費者にとっては、最も大きなメリットは「所有コストの削減」だ。バッテリー交換の必要性が遠のくことで、EVの総所有費用(TCO)はガソリン車との差がさらに縮まり、EVの選択肢がより魅力的になる。

今後の展望として、この戦略はNEDCサイクルだけでなく、より現実的なWLTP(世界統一走行試験手順)や、都市部のストップアンドゴー走行、高速道路走行など、さまざまな走行パターンでの検証が待たれる。また、制御アルゴリズム自体の進化も予想される。例えば、機械学習を用いて、ドライバーの運転習慣や走行ルートを学習し、さらに最適化された電力分配を行う「適応型制御」の開発も可能だろう。このように、遼寧工業大学の研究は、EVのエネルギー管理技術の進化における重要な一里塚となった。

史江昆、申彩英、陳鑫、遼寧工業大学、自動車工程学報、DOI: 10.3969/j.issn.2095‒1469.2024.01.02