車載パワーモジュールの熱疲労をリアルタイムで高精度に監視
電気自動車(EV)の普及が進む中、その心臓部であるパワーモジュールの信頼性と寿命をいかに確保するかが、業界の最重要課題の一つとなっている。これらのモジュールは、バッテリーとモーターの間で高効率な電力変換を行う半導体デバイスであり、走行中の加速や回生ブレーキによって繰り返し加熱・冷却される。この「熱サイクル」が内部の材料にストレスを与え、はんだ接合部の亀裂やワイヤーボンディングの剥離といった「熱疲労」を引き起こし、最終的にはモジュールの故障につながる。従来、この熱疲労の評価は、走行後のデータをオフラインで解析する方法に頼っており、リアルタイムでの健康状態の把握や、故障を未然に防ぐ予知保全には限界があった。
この長年の課題を解決する画期的な研究が発表された。浙江大学(Zhejiang University)の項恩耀(Xiang Enyao)、盧倚平(Lu Yiping)、羅皓澤(Luo Haoze)、楊歡(Yang Huan)の研究チームと、寧波威睿電動車技術(Viridi E-Mobility Technology (Ningbo) Co., Ltd.)の王海兵(Wang Haibing)、阮鴎(Ruan Ou)が共同で開発した新アルゴリズムは、車載マイコン上で、パワーモジュールの「熱応力」をリアルタイムに高精度で抽出し、損傷度を計算することができる。この成果は、電気工学分野の権威ある学術誌『中国電機工程学会誌(Proceedings of the CSEE)』に掲載され、EVの信頼性工学に新たな地平を開くものと期待されている。
従来の標準的な解析手法は、「雨流法(Rainflow Counting)」と呼ばれるものだ。これは、複雑に変化する温度履歴を、材料の疲労損傷に等価な「応力サイクル」に分解する手法で、航空宇宙や構造工学の分野で長年用いられてきた。しかし、この手法は、温度データの全体履歴が必要なため、計算に時間がかかり、大量のメモリを消費するという欠点がある。車載のリソースが限られた環境では、走行中にこの処理を行うことは事実上不可能だった。既存のリアルタイム化を試みた手法もいくつか存在したが、計算負荷を下げるためにデータを区切って処理する「窓関数」を用いることで、区切りの前後でサイクルが途切れてしまい、正確な損傷評価ができなくなるという致命的な精度の問題を抱えていた。
今回発表された新アルゴリズムは、この根本的な課題を克服するために、三つの革新的なアプローチを組み合わせている。第一に、「可変フィルタ窓幅」の導入である。単に温度変化の大きさ(振幅)でフィルターをかけるのではなく、モジュールの「健康状態」に応じてフィルターの感度を変える。この健康状態の指標として、モジュール内部のチップと外装の間の「熱抵抗(Zth(j-c))」を用いる。新しいモジュールは頑丈なので、大きな温度変化(例えば9℃以上)をフィルターの閾値として、小さな変動はノイズとして除外する。しかし、モジュールが劣化し、亀裂が進むと、熱抵抗が上昇する。このアルゴリズムはその変化を検知し、フィルターの閾値を徐々に下げ、小さな温度変化でも損傷を与えるようになると、それを検出できるようにする。これにより、モジュールのライフサイクルに応じた、より現実的な損傷評価が可能になる。
第二の革新は、「三点二変程法(three-point double-variable range)」に基づく高速リアルタイム雨流計数アルゴリズムである。従来の複雑な処理を捨て、アルゴリズムは常に最新の「三つの極値点(ピークとバレー)」だけに注目する。新しい極値点が追加されると、直近の三つの点の間の温度差(変程)を比較する。特定の条件を満たせば、その時点で「全サイクル」または「半サイクル」として損傷が確定する。この処理は、足し算、引き算、大小比較といった極めて単純な演算の繰り返しに過ぎず、車載マイコンの計算リソースをほとんど消費しない。シミュレーションでは、従来のオフライン標準法と完全に一致する結果が得られ、既存のリアルタイム手法が見逃してしまうサイクルも、一つ残らず正確にカウントできることを実証した。
第三の要素は、「離散標準化」によるデータの効率的保存である。リアルタイムでカウントされたサイクルは、それぞれ微妙に異なる温度振幅や平均温度を持つ。これをすべて個別に保存すると、膨大なデータ量になり、車載のストレージに耐えない。そこで、アルゴリズムはあらかじめ設定された温度帯(例えば4-8℃、8-12℃…)と平均温度帯(例えば60-65℃、65-70℃…)にサイクルを分類し、各「ビン(bin)」に何回のサイクルが発生したかという「カウント数」だけを記録する。これにより、データ量を劇的に削減しつつ、寿命予測に必要な統計情報は完全に保持する。この「エッジコンピューティング」に最適化された設計により、限られた車載リソースでも長期的な損傷履歴の蓄積が可能になる。
このアルゴリズムの真価は、実際の走行試験で明らかになった。研究チームは、市販の乗用EVにこのアルゴリズムを実装し、26kmの実際の道路(都市部、高速道路、山道)を走行させた。車載のNTC温度センサーから得られる接合部温度(Tj)のデータを、20ミリ秒ごとにサンプリングし、マイコン上でリアルタイムに損傷度を計算した。試験終了後、走行中の全温度データを後からオフラインの標準雨流法で解析した結果と、リアルタイムで得られた損傷度を比較した。その誤差は驚くべきことに1%未満という、実用上問題のないレベルの高精度を達成した。これは、従来のリアルタイム手法が10%以上の誤差を出す中で、圧倒的な差を示している。
試験データからは、走行スタイルがモジュールに与える影響も浮き彫りになった。山道の登坂・下坂では、激しい加減速に伴って温度が急激に変化し、損傷度の増加が急激に加速することが確認された。一方、高速道路の巡航走行では、温度変化が安定しているため、損傷の蓄積は緩やかだった。都市部の走行では、小さな温度変化が頻繁に繰り返され、これが継続的に損傷を蓄積していく様子が観測された。このように、リアルタイムで損傷情報を得られることで、メーカーは各走行モードの負荷特性を詳細に把握し、モジュールの設計や制御ロジックの最適化に活かすことができる。
また、温度のサンプリング周期が損傷評価に与える影響も詳細に分析された。サンプリング間隔が長くなると、急峻な温度変化を捉え損ね、損傷サイクルをカウントし損なう。研究では、サンプリング周期を20ミリ秒から5秒まで変化させた場合、500ミリ秒(0.5秒)以下の周期では損傷度の誤差は5%以内に抑えられるが、1秒を超えると誤差が急激に増大することを示した。これは、実用的な観点から、500ミリ秒以下のサンプリングが、計算負荷と精度の両立において最適なバランスであることを意味している。NTCセンサーの応答速度は通常数ミリ秒~数十ミリ秒であるため、この条件は技術的に容易に達成可能である。
この研究の意義は、単にアルゴリズムの性能向上にとどまらない。それは、EVのメンテナンスの在り方を根本から変える「予知保全(Predictive Maintenance)」の実現に近づいたことにある。今後、この技術が搭載されたEVは、ドライバーに「パワーモジュールの寿命が80%まで消耗しています。次回の点検時に交換をご検討ください」といった、具体的なアドバイスを提供できるようになる。これは、突然の故障による走行不能や、過剰な保守点検によるコスト増を防ぐだけでなく、顧客満足度の向上にも大きく貢献する。また、フリートオペレーターにとっては、各車両のモジュールの劣化状況を一元管理し、最適な保守計画を立てることで、運行コストの大幅な削減が可能になる。
さらに、この技術は「デジタルツイン(Digital Twin)」の構築にも不可欠な要素となる。車両が走行する中で蓄積された詳細な損傷履歴データは、開発段階でのシミュレーションモデルの検証や、新しいモジュールの設計寿命の予測精度を飛躍的に向上させる。リアルワールドの使用データを基にした信頼性評価は、従来の試験場での試験だけでは得られない、より現実に即した知見を提供する。
この成果は、学術界と産業界の緊密な連携の賜物でもある。浙江大学の理論的・アルゴリズム開発のノウハウと、威睿電動車技術の車載システムへの実装経験が融合したことで、実用性の高い革新的技術が生まれた。浙江省「尖兵」「領雁」研究開発プログラムや寧波市重大科学技術任務研究プロジェクトの支援を受けたことも、この研究が国家的な重要性を認められている証左である。
結論として、項恩耀らの研究は、EVの信頼性工学における「リアルタイム化」と「高精度化」という二つの壁を同時に打ち破った画期的な成果である。可変フィルタ、高速雨流計数、離散標準化という三つの技術革新が相まって、限られた車載リソースでも、従来のオフライン解析に匹敵する精度で熱疲労を監視するシステムを実現した。この技術は、故障の不安を解消し、保守コストを最適化し、EVの寿命を延ばすことで、電動化社会の持続可能性に大きく貢献するだろう。今後、このアルゴリズムは、EVの「健康診断士」として、多くの車両に搭載され、より安全で信頼性の高いモビリティの実現に貢献することが期待される。
項恩耀、盧倚平、羅皓澤、楊歡、王海兵、阮鴎、浙江大学、寧波威睿電動車技術有限公司、中国電機工程学会誌、DOI: 10.13334/j.0258-8013.pcsee.231914