高密度SiCパワーモジュール、EV用に新設計
電気自動車(EV)の世界は、軽量化、高効率化、そして長距離化の追求が止まらない。その中で、車両の心臓部とも言える駆動システムの性能を左右するキーコンポーネントの一つが、インバーターに内蔵されるパワーモジュールである。このパワーモジュールの性能が、EVの走行性能、エネルギー効率、さらには車両全体のサイズと重量に直接影響を与える。この分野において、中国科学院電工研究所の研究チームが、画期的な技術革新を発表し、業界に大きな波紋を投げかけている。
Hui Xiaoshuang(回曉双)、Ning Puqi(寧圃奇)、Li Dongrun(李東潤)、Kang Yuhui(康玉慧)の4名からなる研究チームは、従来の設計を大きく超える「高電力密度三相フルブリッジSiCパワーモジュール」の設計と開発に成功した。この成果は、2024年7月に発行された学術誌『華中科技大学学報(自然科学版)』に掲載され、そのDOIは10.13245/j.hust.240878となっている。彼らの研究は、EVの次世代インバーター技術に向けた重要な一歩であり、今後の市場競争に大きな影響を与える可能性を秘めている。
この新モジュールの最大の特徴は、その「高電力密度」にある。電力密度とは、ある体積または面積あたりにどれだけの電力を扱えるかという指標であり、自動車という限られた空間に高性能なシステムを詰め込む上で、極めて重要なパラメータである。研究チームが目指したのは、より小さく、より軽く、そしてより強力なモジュールの実現だった。
従来のSiCパワーモジュールは、2次元的な平面構造、すなわち「ワイヤーボンディング」技術が主流である。この方法では、複数のSiCチップが一つの基板(DBC:ダイレクトボンドド・コッパー)上に配置され、細いアルミ線で接続される。この技術は成熟しており信頼性も高いが、大きな課題を抱えている。それは「寄生インダクタンス」(パラサイト・インダクタンス)である。
寄生インダクタンスは、電流の急激な変化(スイッチング)に伴って発生する不要な電圧のスパイクや、ゲート回路の不安定な発振(オシレーション)の原因となる。これは、SiCデバイスが本来持つ高速スイッチングの利点を台無しにし、EMI(電磁妨害)を増加させ、最悪の場合、デバイスの破壊につながる。特に大電流を扱うEV用インバーターでは、この問題が顕著になる。そのため、寄生インダクタンスをいかに低減するかが、高密度化の鍵となっていた。
研究チームは、この根本的な問題に正面から取り組んだ。彼らが採用したのが、「多層DBCユニット」に基づく新しいパッケージング技術である。これは、従来の1枚の平面基板ではなく、2枚のDBC基板を重ね合わせるという大胆な設計だ。
この設計の核心は、電流の流れを巧みに制御することにある。下の層のDBC基板と上の層のDBC基板に、それぞれ電流を流すが、その方向を逆にする。物理学の法則により、逆方向に流れる電流は、互いに反対方向の磁場を発生させ、その結果、磁場が打ち消し合う(相互インダクタンスの打ち消し効果)。この現象を活用することで、モジュール全体の寄生インダクタンスを劇的に低減することができる。
研究チームのシミュレーションと実測によると、この新しい設計は、従来の2次元モジュールと比較して、寄生インダクタンスを実に74.8%も削減することに成功した。この数字は、単なる理論上の数字ではない。この低インダクタンスのおかげで、モジュールは800V、500Aという高電圧・大電流条件下でも、ゲート発振のない、非常にクリーンなスイッチング波形を実現できた。これは、モジュールの動作が極めて安定しており、SiCデバイスのポテンシャルを最大限に引き出せることを意味する。高速スイッチングが可能になることで、インバーターの効率が向上し、モーターへの電力供給がより精密になる。
もう一つの大きな成果が、サイズの大幅な小型化である。多層構造を採用することで、同じ面積に2倍の導電面積を確保できる。これにより、より多くのSiCチップを並列接続することが可能になり、電流容量を高めつつ、全体のサイズを小さくするという相反する要求を両立させた。その結果、1,200V/500Aという非常に高い仕様を持つ三相フルブリッジモジュールでありながら、その外形寸法は、商用の単相フルブリッジモジュール「EconoDUAL」のサイズと同等に抑えられた。これは、従来の同クラスのモジュールと比較して、面積を34.9%も削減したことを意味する。この小型化は、EVの設計者にとって極めて大きなメリットである。インバーターのスペースが小さくなれば、その分、バッテリーを大きくしたり、車内空間を広くしたり、空力性能を向上させる余地が生まれる。
しかし、高密度化にはもう一つの大きな課題がある。それは「熱」の問題だ。より多くの電力を小さな空間に詰め込めば、当然、発生する熱も集中する。この熱をいかに効率よく放熱するかが、モジュールの寿命と信頼性を左右する。過熱は、半導体の性能劣化や、最悪の場合の故障を引き起こす。
この点についても、研究チームは抜本的な対策を講じている。モジュールの底部には、「ピンフィン(pin-fin)」構造のヒートシンクが直接接合されている。このヒートシンクは、多数の細かいピン(突起)が密集した構造をしており、冷却水との接触面積を最大化する。これにより、従来の平板型ヒートシンクよりもはるかに効率的に熱を冷却水に伝えることができる。
熱設計の妥当性を検証するため、研究チームは高度なCFD(計算流体力学)シミュレーションを実施した。このシミュレーションでは、18個のSiCチップそれぞれが150Wの熱を発生させ、合計5,400Wという非常に大きな熱負荷を想定した。冷却水の入口温度は25℃、流速は0.52m/sと設定された。その結果、最も温度の高くなるチップの「接合部温度(junction temperature)」は148.42℃と予測された。これは、SiCデバイスの一般的な最大許容温度(通常175℃以上)を大きく下回る安全な値であり、設計の妥当性を示している。
理論だけでなく、実際の製品での検証も行われた。研究チームは、真空はんだ付け、超音波ワイヤーボンディング、真空封止などの工程を経て、実物のモジュールを製作した。そして、実際の通電試験でその性能を確認した。
電気的性能の検証では、「二重パルス試験」という標準的な方法が用いられた。この試験で、モジュールは800V、500Aの過酷な条件を問題なくクリアし、高信頼性を実証した。一方、従来の2次元構造のモジュールでは、200Aという比較的低い電流でもゲートに明確な発振が観測された。この対照的な結果は、多層DBC構造の優位性を如実に示している。
熱性能の検証では、モジュールの1相に300Aの直流を流し、赤外線サーモグラフィーで表面温度を測定した。その結果、シミュレーションとほぼ同様に、最高接合部温度は約158℃に抑えられた。これは、実際の運用条件下でも、モジュールが安全な温度範囲内で動作できることを立証しており、高密度設計の実用性を裏付けている。
この研究の意義は、単に一つの高性能モジュールを開発したことにとどまらない。彼らが提案した「多層DBCユニット」の設計手法は、量産性も考慮されたものであり、既存の製造ラインへの導入が比較的容易である。これは、技術の商業化への道筋を示しており、近い将来、この技術が市販のEVに搭載される可能性を高めている。
自動車メーカーにとっては、この技術はまさに待望のソリューションである。より小型・軽量なインバーターを実現できれば、車両の設計自由度が飛躍的に向上する。航続距離の延伸、パフォーマンスの向上、そして最終的には、より魅力的な価格のEVの実現につながる。中国科学院電工研究所のこの研究は、EVの進化を加速させる、静かな革命の始まりかもしれない。
Hui Xiaoshuang, Ning Puqi, Li Dongrun, Kang Yuhui, Institute of Electrical Engineering, Chinese Academy of Sciences; Journal of Huazhong University of Science and Technology (Natural Science Edition), DOI: 10.13245/j.hust.240878