米中バッテリー覇権争い:米国の戦略的反撃
電気自動車(EV)の心臓部である大容量バッテリーを巡る国際的な競争は、もはや単なる産業競争を超え、地政学的対立の最前線へと進化している。この分野で長年にわたり圧倒的なリードを保ってきた中国に対し、アメリカは「自らの力を高める」と「相手を制限する」という二本柱の戦略を展開し、自国産業の再構築と中国の影響力削減を同時並行で進めている。この大規模な産業政策の背後には、国家安全保障、経済的主導権、そして21世紀の技術的覇権を賭けた深い思惑が渦巻いている。
中国のバッテリー産業における優位性は、単に製造能力の高さに留まらない。その真の強みは、リチウム、コバルト、グラファイトといったEVバッテリーに不可欠な「戦略的鉱物」の加工・精錬という、サプライチェーンの最も重要な上流工程に集中している。国際エネルギー機関(IEA)のデータによれば、中国は世界のリチウムイオンバッテリー製造能力の約77%を占めている。しかし、それ以上に重要なのは、世界のグラファイト精錬の70%以上、リチウムとコバルトの加工の60%前後を中国企業が支配しているという事実だ。この「垂直統合」された産業構造により、中国は原材料調達から最終製品まで、コストと供給の安定性において決定的なアドバンテージを享受している。
これに対し、アメリカは長年の産業空洞化の影響で、国内に十分な鉱物精錬インフラが存在せず、多くの場合、自国や同盟国で採掘された鉱石を中国に輸出し、加工してもらうという「依存構造」に陥っている。この構造的弱点は、地政学的緊張が高まる中で、アメリカの国家的リスクとして顕在化した。中国が戦略的鉱物の供給を武器に、アメリカのEV産業や国防産業を経済的に脅迫する可能性が指摘されるようになったのだ。
この危機感を背景に、アメリカは2022年に成立した「インフレ抑制法(IRA)」を核とした、大規模な産業再編策を発動した。IRAは、EV購入者に最大7500ドルの税額控除を提供するが、その条件は極めて厳格である。控除を受けるためには、バッテリーの製造が北米で行われていること、そして使用される戦略的鉱物の一定割合がアメリカや自由貿易協定を結ぶ国々(いわゆる「友愛国」)で採掘または加工されたものでなければならない。このルールは、中国のサプライチェーンからの「脱却」を強制するものであり、アメリカのEV産業に大きなインパクトを与えた。
IRAの影響は即座に現れた。自動車メーカー各社は、税額控除を確保するために、中国資本との提携を避け、アメリカ国内での生産に注力する必要に迫られた。フォードは中国の大手バッテリー企業CATLとの合弁計画を巡り、共和党議員からの強い政治的圧力を受け、一時的に工事の停止を余儀なくされた。最終的には、CATLが技術提供にとどまり、工場の所有権はフォードが100%持つという形で妥協した。この事例は、IRAが単なる経済政策ではなく、政治的・地政学的な制約を伴う「国家戦略」であることを如実に示している。
IRAに加え、アメリカ政府は「国家リチウム電池ブループリント2021-2030」や「インフラ投資と雇用法」など、複数の立法と予算措置を駆使して、バッテリー産業のエコシステムを再構築しようとしている。その中核は「全政府アプローチ」にある。エネルギー省、商務省、国防総省、国務省が連携し、連邦先進バッテリー連合(FCAB)を設立して、政策の縦割りを打破し、研究開発、資金援助、人材育成を一元的に推進している。また、民間企業との公私連携も重視され、「リブリッジ(Li-Bridge)」のような業界団体との連携を通じて、技術開発のスピードを上げている。
同時に、アメリカは「友愛国」ネットワークの構築に力を入れている。その代表が「鉱物安全保障パートナーシップ(MSP)」である。アメリカ、日本、韓国、カナダ、オーストラリア、欧州連合(EU)などの主要同盟国に加え、チリ、アフリカ諸国など鉱物資源国を巻き込み、中国を排除した代替サプライチェーンの形成を目指している。アメリカと日本の間で締結された「戦略的鉱物協定」は、この取り組みの具体化の一例であり、リチウムやニッケルなどの安定供給を確保する枠組みを提供している。
一方で、アメリカは「相手を制限する」という攻撃的な側面も強めている。その一つが、中国企業への市場アクセス制限である。IRAの税額控除ルールは、事実上、中国製バッテリーコンポーネントを搭載したEVをアメリカ市場から排除する効果を持つ。さらに、2024年2月には、国防総省がCATLやBYDなど6社の中国企業からのバッテリー調達を2027年から禁止する方針を発表した。これは、軍事用途のバッテリー供給を中国に依存することへの深刻な懸念を示している。
もう一つの攻撃手段は、中国企業の海外投資を妨害することである。IRAの補助金ルールは、中国資本が25%以上を出資する海外企業が製造するEVも補助対象外とする。この「FEOC(外国関係者に懸念のある実体)」規定は、韓国や欧州のバッテリー企業が中国企業と合弁を組むことを難しくしている。韓国のSK OnやEcoProは、中国のグリーンミーメタルズとの合弁計画を見直し、自社の出資比率を75%以上に引き上げることで、アメリカの税額控除を受けられるように調整を余儀なくされている。これは、中国が推進してきた「グローバルな合弁モデル」に直接的な打撃を与えるものだ。
これらの政策の結果、アメリカのバッテリー産業は劇的な変化を遂げている。エネルギー省の報告によれば、IRA施行後、アメリカ国内では1200億ドル以上の投資が集まり、8万以上の雇用が創出された。バッテリー製造能力は急速に拡大し、2023年には1.2テラワット時(TWh)に達し、欧州と肩を並べるまでになった。テスラ、GM、フォードといった国内メーカーに加え、LGエネルギーソリューション、SKオン、パナソニックといった韓国・日本の大手サプライヤーが、ジョージア州やミシガン州などに大規模な「ギガファクトリー」を相次いで建設している。
しかし、アメリカのこの戦略は、多くの課題とリスクを抱えている。第一に、コストの上昇が避けられない。中国に比べて高い労働コスト、新しい鉱物精錬工場の建設費用、そして「友愛国」からの輸送費の増加により、アメリカ製バッテリーの価格は必然的に高くなる。これは、EVの普及を妨げる要因となり、IRAの目的そのものを損なう可能性がある。
第二に、国内の政治的基盤の不安定さだ。IRAの補助金制度は民主党の政策として成立したものであり、2024年の大統領選挙で共和党が勝利した場合、その継続性に大きな疑問符が付く。共和党は伝統的に政府の産業介入に懐疑的であり、石油・ガス産業などの既得権益との関係も深い。もし政策が転換すれば、現在進行中の大規模な投資プロジェクトは中断の危機にさらされる。
第三に、同盟国との摩擦だ。IRAの補助金制度は、日本や韓国、EUの自動車メーカーにも適用外となるため、事実上の「差別的措置」と見なされ、貿易摩擦を引き起こしている。EUはこれに対抗して「グリーンディール産業計画」を打ち出し、自国のクリーンテクノロジー産業を保護しようとしている。アメリカが求める「同盟国との連携」は、自国の保護主義政策によって逆に損なわれている。
さらに、技術革新の面でも中国の優位は揺るがない。中国は「後リチウム電池」の分野、特に全固体電池やナトリウムイオン電池において、特許数で圧倒的なリードを取っている。これは、単なる製造能力の追いつきではなく、技術的主導権の獲得を目指す長期的な戦略の成果である。アメリカが製造能力を追いつかせても、技術的先進性を奪い返すのは容易ではない。
結論として、アメリカのバッテリー産業に対する戦略は、短期的には国内産業の復活という目に見える成果を上げている。しかし、その成功は巨額の政府補助金と地政学的圧力に依存しており、持続可能性に疑問が残る。中国が持つ産業の先発優位、垂直統合の強み、そして技術革新のスピードは、アメリカが短期間で克服できるものではない。アメリカの「再建」は、中国の「支配」を完全に覆すという点では、依然として困難な道のりである。このバッテリーを巡る争いは、今後も長期間にわたって、米中両国の経済・技術・地政学的力関係を測る重要な「試金石」となり続けるだろう。
孔繁颖,対外経済貿易大学国際関係学院,『国際フォーラム』,DOI: 10.13549/j.cnki.cn11-3959/d.2024.04.006