電動車の寒冷地性能を革新する熱管理戦略

電動車の寒冷地性能を革新する熱管理戦略

電動モビリティの進化において、寒冷地での航続距離の低下と車内暖房の効率は、依然として最大の課題の一つである。特に中国北部や北米、北欧など、冬季に厳しい寒さに見舞われる地域では、消費者が「冬でも安心して使えるEV」を強く求める声が高まっている。このニーズに応えるべく、中国の自動車メーカー、東風汽車集団有限公司技術センターのエンジニアリングチームが、画期的な熱管理制御戦略を開発し、電動車(BEV)の低温環境下での性能限界を大きく押し広げた。その研究成果は、学術誌『自動車工程学報(Chinese Journal of Automotive Engineering)』に掲載され、業界内外から注目を集めている。

本研究のリーダーである董哲明(ドウ・チェーミン)氏らのチームは、従来の「空気源ヒートポンプ」に加え、「駆動系廃熱回収ヒートポンプ」という新たなモードを統合した熱管理システムの開発に成功した。この二本柱のアプローチにより、ヒートポンプシステムの有効動作下限温度を、業界標準の-15℃から-20℃へと5℃も引き下げることに成功した。これは単なる数字の違いではなく、実際のユーザー体験において、極寒の朝でも快適な車内環境を維持できることを意味し、EVの寒冷地での実用性を飛躍的に高める成果である。

さらに、この新戦略の効果は、航続距離の維持という点でも顕著に現れている。研究チームは、-7℃の低温環境下で中国のCLTC(China Light-duty Vehicle Test Cycle)走行試験を実施。その結果、開発中のBEVモデルは、航続距離の低下率を31.2%まで抑制することに成功した。これは、多くの市販EVが同条件で40%以上の航続距離を失う現状と比べて、圧倒的な性能向上を示しており、寒冷地市場での競争力を大きく高めるものだ。

では、この驚異的な性能を支える技術的核とは何だろうか。その鍵は、「廃熱」の活用にある。従来のヒートポンプは、外気から熱を吸収して車内に供給する「空気源ヒートポンプ」が主流だった。しかし、外気温が-10℃以下になると、空気中の熱エネルギーが極端に少なくなり、ヒートポンプの効率(COP:成績係数)は急激に低下する。また、外気との温度差が大きくなることで、室外熱交換器に霜が付きやすくなり、定期的な「除霜運転」が必要になる。この除霜運転は、一時的にヒートポンプの暖房を停止し、逆サイクルで霜を溶かすため、車内の温度が下がったり、エネルギーを多く消費したりするという大きな欠点があった。

董哲明氏のチームは、この根本的な問題を解決するために、視点を外から内へと転換した。彼らの着目したのが、EVの走行中に必然的に発生する「駆動系の廃熱」である。モーター、モーター制御ユニット(MCU)、そしてバッテリーは、走行中や充電中に大量の熱を発生させる。この熱は、通常、冷却システムによって外気に捨てられていた。しかし、この研究では、この「捨てられていた熱」を、ヒートポンプの新たな熱源として再利用するという発想を実現した。これを「廃熱源ヒートポンプモード」と呼ぶ。

このモードの仕組みは、非常に巧妙である。車両が走り始めると、モーターやバッテリーの冷却回路を流れる冷却水が徐々に温まっていく。この温まった冷却水(例えば60℃)は、従来のヒートポンプが取り込むべき「低温の外気(例えば-15℃)」よりもはるかに高温である。システムは、この高温の冷却水をヒートポンプの「熱源」として利用する。ヒートポンプは、この高温の廃熱からさらにエネルギーを引き上げ、それを車内暖房用の高温水(例えば70℃)に昇温する。このプロセスは、外気温がどれほど低くても、駆動系が発熱していれば安定して行えるため、外気温の影響を受けにくい。

この「廃熱源ヒートポンプ」の効果は、シミュレーションで明確に示されている。研究によると、-7℃の環境下でCLTCサイクルを走行する場合、空気源ヒートポンプのみを使用した場合のCOPは2.00であったのに対し、廃熱源ヒートポンプを使用した場合のCOPは2.95に達した。これは、エネルギー効率がほぼ50%も向上したことを意味し、航続距離の大幅な改善に直結する。

しかし、技術の真価は、理論やシミュレーションではなく、実際の走行環境での検証にある。研究チームは、開発プロセスの初期段階から、実車での検証を重視した。彼らは「V字型開発プロセス」と呼ばれる手法を採用し、ソフトウェアの開発(上流)と、実機での性能検証(下流)を繰り返し行い、最適な制御戦略を洗練させていった。

特に重要なのが、実車による「道路標定」である。実験室の環境では再現できない、実際の走行中の変動や突発的な状況を想定し、様々な条件下でシステムの性能を評価した。例えば、-7℃の環境下でCLTCサイクルを走行するテストでは、空気源ヒートポンプのみを使用したプロトタイプ車両が、高速走行中に室外熱交換器に霜がつき、除霜に長い時間がかかり、車内の暖房性能が一時的に低下する問題を抱えていた。これは、ユーザーにとって不快な体験である。

この問題を解決したのが、前述の「廃熱源ヒートポンプ」を主軸とした新しい制御戦略である。この戦略では、車両が走行を始めると、まず短時間PTCヒーターで暖房を開始し、駆動系が暖まるまでをカバーする。その後、モーターやバッテリーから廃熱が得られるようになると、システムは即座に「廃熱源ヒートポンプモード」に切り替える。このモードでは、外気との熱交換が極力抑えられるため、霜の発生が大幅に減少し、安定した暖房が可能になる。実際のテストでは、この最適化された制御戦略により、圧縮機の平均出力が開発初期の1.4kW以上から、最終的に0.9kWまで低下した。これは、システム全体のエネルギー消費が35.7%も削減されたことを示しており、航続距離の改善に大きく貢献した。

この高度な制御を可能にしているのが、システムの「統合化」と「知能化」である。本研究のBEVでは、従来の独立した「熱管理コントローラー」や「エアコンコントローラー」は廃止され、その機能が「動力域コントローラー(PDCU)」に統合されている。これにより、バッテリーの温度管理、モーターの冷却、車内の空調という、かつては別々のシステムだったものが、一つの頭脳で統合的に制御されるようになった。

この統合により、より洗練された判断が可能になる。例えば、車両が急速充電中で、バッテリーを温める必要があると同時に、乗員が車内を暖めたいとリクエストした場合。従来のシステムでは、それぞれの要求が競合し、効率が悪くなる可能性があった。しかし、統合されたPDCUは、車両の状態(走行中か、充電中か)、バッテリーの温度、外気温、暖房要求の強さなどを総合的に判断し、「バッテリーの廃熱を有効活用して、同時にバッテリーと車内を暖める」といった最適なエネルギー配分を瞬時に決定できる。これは、まさに「車全体を一つのシステム」として捉える、次世代のアプローチである。

本研究の成果は、特定の車種にとどまらず、今後のEV開発に大きな示唆を与えるものである。それは、以下の三つの点に集約される。

第一に、「廃熱は宝」という価値観の転換である。これまで「処理すべき問題」として扱われてきた発熱を、「利用すべき資源」として捉え直すことで、システム全体の効率を劇的に向上させることができる。特に、四輪駆動や複数モーターを搭載する高性能EVでは、廃熱の量が豊富であるため、この戦略の恩恵はより大きい。

第二に、「環境温度依存性の低減」である。空気源ヒートポンプは、外気温に大きく左右されるが、廃熱源ヒートポンプは、駆動系の発熱量に依存する。これは、極寒の環境でも安定した暖房性能を提供できるという、極めて重要な特性である。

第三に、「多熱源統合制御」の重要性である。未来のEVは、空気、廃熱、太陽熱、さらには駐車中の外部熱源など、複数の熱源を有する。これらの熱源を、最適なタイミングで、最適な組み合わせで利用するための、高度な知能型制御戦略が、今後ますます重要になる。

結論として、董哲明、強健偉、施睿、王小碧、王偉民、付静、唐禹、傅小嘉、賀其富の研究チームが達成したこの成果は、単なる技術的な進歩に留まらない。それは、EVの「冬の悩み」を根本的に解決し、真の意味での「年中快適なEV」の実現に向けた、重要な一歩である。寒冷地でのEV普及を加速させるこの技術は、世界中の電動化の潮流に、確実に新たな風を吹き込むだろう。

董哲明、強健偉、施睿、王小碧、王偉民、付静、唐禹、傅小嘉、賀其富、東風汽車集団有限公司技術センター、自動車工程学報、DOI: 10.3969/j.issn.2095‒1469.2024.01.08