マイクロEV、衝突安全性の設計革新
都市部の交通手段として、マイクロ電気自動車(マイクロEV)の人気が高まる中、その安全性に対する懸念も広がっている。特に、大型車との衝突時の「相容性」、すなわち、相手車両に与えるダメージと、自車の「耐衝撞性」、つまり乗員保護性能の両立が大きな課題となっている。この問題に真剣に取り組んだ研究が、湖北自動車工業学院の張旺(Zhang Wang)、覃玄(Qin Xuan)、王興東(Wang Xingdong)、唐有鏡(Tang Youjing)らのチームから発表された。彼らは、2020年版E-NCAP(ヨーロッパ新車アセスメントプログラム)で導入された、より現実的な「可動変形障壁(MPDB)」衝突試験に焦点を当て、あるマイクロEVの詳細な衝突シミュレーションを通じて、小型車両の安全設計における新たな知見を明らかにした。
従来の衝突テスト、例えば固定壁への正面衝突(ODB)や100%オーバーラップ剛性壁衝突は、主に被検車両自身の耐衝撞性を評価することに特化していた。しかし、2020年以降のE-NCAP MPDBテストは、1400kgの可動障壁車両と被検車がそれぞれ50km/hで50%オーバーラップで衝突するという、より現実的なシナリオを採用している。このテストの革命的な点は、自車の安全性だけでなく、相手車両(障壁)に与える影響、すなわち「相容性」を明確に評価指標に組み込んでいることにある。相容性は、障壁の変形の均一性(SD:標準偏差)、被検車両の質量が与える影響(OLC:Occupant Load Criterion)、そして障壁が「貫通」されるかどうかの3つの指標で評価され、これらの結果に基づいて最大8点のペナルティが科される。これにより、軽量なマイクロEVが大型車に「攻撃的」なダメージを与えないか、という社会的な安全性の側面が初めて体系的に測定可能になった。
研究チームが対象としたのは、車両重量924kgの小型2人乗りEVである。アルミフレームのボディに、後輪駆動モーターとシート下に配置されたバッテリーを搭載し、まさにコンパクトさと効率性を追求した典型的なマイクロEVの構造を持っている。研究では、業界標準の衝突解析ソフトウェアLS-DYNAを用いて、この車両の高精度な有限要素モデルを構築し、MPDBシナリオのシミュレーションを実施した。
初期のシミュレーション結果は、マイクロEVが抱える典型的なジレンマを浮き彫りにした。まず「相容性」の観点では、非常に良好な成績を収めた。障壁変形のSDは52.16mmと、E-NCAPの「高性能」基準(50mm)に非常に近い値を記録。OLCは21.85gで、これも高性能基準(25g)を下回っていた。さらに、障壁の「貫通」も発生しておらず、総相容性ペナルティはわずか0.043点という優秀な結果となった。これは、マイクロEVの軽量さと、比較的柔軟なフロント構造が、衝突エネルギーを障壁全体に均等に分散させる効果を持っていることを示している。つまり、この車は大型車と衝突しても、相手に過度なダメージを与えない「優しい」相手であると言える。
しかし、この「優しさ」は自車の「耐衝撞性」を犠牲にしていることが判明した。耐衝撞性の指標であるBピラー(ドアの前後の柱)の加速度ピークは60.91gに達し、これは乗員に重大な怪我を負わせるリスクがある非常に高い値である。また、前部のパネル(フロントパネル)の最大侵入量は88.21mmと、数値上はそれほど大きくないものの、マイクロEV特有の狭い室内空間を考えると、乗員の脚部に深刻な損傷を与える可能性がある。この結果は、マイクロEVの設計において、「相容性」と「耐衝撞性」はしばしばトレードオフの関係にあることを示しており、両者を同時に最適化するための精密な設計が必要であることを強く示唆している。
このジレンマを解消するため、研究チームは車両の3つの主要設計パラメータを個別に変更し、それぞれが相容性と耐衝撞性に与える影響を詳細に分析した。
最初に検討されたのは「バンパーの剛性」である。バンパーの厚さを±0.5mm変更してシミュレーションを行った。結果、バンパーを「硬く」すると、Bピラーの加速度が上昇し、前部侵入量はわずかに減少するが、相容性への影響は軽微だった。一方、バンパーを「柔らかく」すると、Bピラーの加速度は大幅に低下(53.44g)したものの、前部侵入量が39%も増加(122.1mm)し、相容性ペナルティも跳ね上がった。これは、柔らかいバンパーが初期のエネルギー吸収を担う代わりに、その変形が大きくなり、最終的に乗員室に近い部分でエネルギーが集中してしまうためである。この分析から、マイクロEVでは、あまりにも柔らかいバンパーは逆効果であり、ある程度の剛性を保つことで、初期のエネルギー管理を制御し、耐衝撞性を安定させることが重要であると結論付けられた。
次に注目されたのは「フロントロングラム(前縦梁)の剛性」である。これは、フロントエンジン車の「骨格」とも言える重要なエネルギー吸収構造である。ロングラムの厚さを±0.5mm変更した結果、その影響はバンパーよりもはるかに劇的であった。ロングラムを「硬く」すると、その部分が障壁を貫通し、相容性ペナルティが2.667点も加算されるという重大な結果となった。これは、過度に硬い構造が相手に集中してダメージを与える「攻撃的」な振る舞いを示している。一方、ロングラムを「柔らかく」すると、驚くべきことに、相容性も耐衝撞性も向上した。Bピラーの加速度は57.40gに低下し、前部侵入量も84.08mmと改善された。これは、柔らかいロングラムが早期に完全に潰れることで、バンパーやエアコンユニットなど、フロント部の他の構造物が衝突の力を受け止め、エネルギーをより広い面積で分散させるためである。この発見は、直感に反するものであり、「重要な構造物は硬い方が良い」という従来の設計思想に疑問を投げかけている。マイクロEVでは、「意図的に弱く設計された」ロングラムこそが、全体的な安全性を高める鍵となる可能性がある。
そして、最も大きな影響を与えたのが「地上高(離地高度)」の変更であった。車両全体を±5cm上下させたシミュレーションでは、その差は歴然とした。地上高を「高く」すると、障壁の変形SDが46.78mmまで低下し、相容性ペナルティが完全にゼロになった。同時に、前部侵入量も79.50mmに減少し、Bピラーの加速度も58.99gと改善した。逆に、地上高を「低く」すると、すべての指標が悪化した。この結果の核心は「幾何学的整合性」にある。MPDB障壁のエネルギー吸収ブロックは地上150mmの高さに設置されている。多くのマイクロEVは地上高が低いため、その重要なエネルギー吸収構造が、障壁の有効な衝突領域と十分に重なっていない。地上高を5cm上げるだけで、車両のバンパーやロングラム、エアコンなど、本来のエネルギー吸収部品が障壁ブロックと正しく噛み合い、衝突エネルギーを効率的かつ均等に吸収できるようになる。これは、材料や剛性を変えずとも、単に「高さ」を変えるだけで、安全性が劇的に向上することを意味している。
これらの個別分析を総合し、研究チームは「統合的改良設計」を提案した。その内容は、地上高を5cm高くし、バンパーを0.5mm厚くし、ロングラムを0.5mm薄くするという、一見相反するように見える3つの変更を組み合わせることである。このハイブリッドアプローチは、それぞれの変更の利点を巧みに融合している。高い地上高が幾何学的な最適整合を提供し、厚いバンパーが初期のエネルギー吸収を安定させ、薄いロングラムがその後のエネルギーの均等分散を促進する。この改良版マイクロEVのシミュレーション結果は、期待をはるかに上回るものであった。前部侵入量は68.73mmにまで低下し、ベースラインモデルに対して22.1%の改善を達成した。Bピラーの加速度ピークも60.22gと、1.1%の低下を記録した。何より重要なのは、これらの大幅な耐衝撞性の向上を、相容性ペナルティ0.092点という非常に良好な状態を維持したまま達成したことである。これは、「相容性」と「耐衝撞性」が必ずしもトレードオフではなく、戦略的な設計によって両立可能であることを実証した画期的な成果である。
この研究の意義は、単に一つの車両の改良案を示したことにとどまらない。それは、マイクロEVという新興セグメントに対する安全設計のパラダイムシフトを提唱している。安全性は、単に「丈夫な素材を多く使う」ことではなく、構造の「剛性配分」と「幾何学的配置」を戦略的に設計するプロセスである。特に、地上高というシンプルなパラメータが安全性に与える巨大な影響は、今後のマイクロEVのデザインに大きなインパクトを与えるだろう。また、この研究は、都市の交通政策にも示唆を与える。マイクロEVの普及を促進する都市は、単に充電インフラを整備するだけでなく、こうした「設計指針」をメーカーと共有し、より安全な都市交通の実現を後押しする役割も担っている。
結論として、張旺らの研究は、マイクロEVの安全設計における未開拓の領域を照らし出した。彼らの分析は、小さな車両であっても、大きな車両と肩を並べて、あるいはそれ以上に安全であることが可能であることを、科学的に証明した。今後、この知見が業界標準となり、街中を走るマイクロEVたちが、環境に優しく、かつすべての道路利用者にとって安全な存在となる日が、ますます近づいてきている。
張旺、覃玄、王興東、唐有鏡、湖北自動車工業学院自動車工学部、湖北自動車工業学院学報、doi:10.3969/j.issn.1008-5483.2024.01.001