実車向けLFP電池容量推定法、高精度で実現
電気自動車(EV)の普及が進む中、バッテリーの状態を正確に把握することは、走行可能距離の表示、安全性の確保、そして車両のライフサイクル管理において極めて重要である。リチウムイオン電池の健康状態(SOH: State of Health)を示す指標として、容量は最も直接的かつ重要なパラメータであり、その正確な推定は長年の課題であった。特に、安全性の高さから多くのEVに採用されているリン酸鉄リチウム(LiFePO₄、LFP)電池は、その特有の平坦な電圧曲線ゆえに、容量推定が非常に困難とされてきた。
この難題に挑み、画期的な解決策を提示したのが、上海理工大学の陳星光(Chen Xingguang)氏と清華大学の鄭岳久(Zheng Yuejiu)氏らの研究チームである。彼らは、実際の走行データを用いてLFP電池の容量を高精度で推定する新方法を開発し、その成果を学術誌『Energy Storage Science and Technology』に発表した。この研究は、従来の方法が抱えていた限界を克服し、リアルタイムでのバッテリー健康管理(BMS)の精度を飛躍的に向上させる可能性を秘めている。
従来、電池容量の測定は、実験室で満充電から満放電まで行う「直接測定法」が最も正確とされてきた。しかし、これは時間と労力を要するため、走行中の車両には適用できない。一方、車載のBMSが常時取得している電圧、電流、温度、充電状態(SOC)などのデータを用いて容量を推定する「間接推定法」が主流である。これには主に「モデルベース法」と「データ駆動型法」がある。
データ駆動型法は、人工知能(AI)や機械学習を用いて、大量のデータから特徴と容量の関係を学習する方法で、近年注目を集めてきた。しかし、この方法の最大の壁は「ラベルの欠如」にある。学習には、推定したい「容量」の真の値(ラベル)が必要だが、実際の走行車両では、その真の容量を知る術がなく、学習に使える信頼性の高いラベル付きデータを大量に集めることが極めて困難である。このため、実験室で得られたデータで学習したモデルを実車に適用すると、性能が大きく低下するという問題があった。
モデルベース法は、電池の物理的特性を模した「等価回路モデル(ECM)」を用いる。このモデルは、抵抗やコンデンサの組み合わせで電池の挙動をシミュレートするもので、計算負荷が軽く、実車への搭載が可能である。しかし、従来のECMでは、容量はあらかじめわかっている固定値として扱われており、容量が時間とともに変化するという現実の状況を反映できていなかった。
陳氏らの研究チームは、この二つの課題を同時に解決するためのアプローチを採用した。彼らの核心的なアイデアは、ECMモデルの内部に「容量」を変数として組み込み、実際の車両データを用いて、この変数をリアルタイムで「同定(Identification)」するというものである。つまり、モデルがシミュレートする端子電圧が、BMSが記録した実際の端子電圧と一致するように、容量の値を調整していくのである。
この「同定」のプロセスには、「粒子群最適化(PSO: Particle Swarm Optimization)」というアルゴリズムが用いられる。PSOは、鳥の群れが餌を探す様子を模した最適化手法で、多数の「粒子」が仮想的な空間を飛び回りながら、最適な解(ここでは、実測電圧と一致する容量値)を探索する。この方法により、固定値ではなく、変化する容量を動的に推定することが可能になる。
しかし、LFP電池の特有の電圧特性が、このPSO-ECM法の精度を妨げていた。LFP電池は、充電の大部分の期間、電圧がほとんど変わらない「電圧プラトー」が存在する。そして、充電終了直前になると、急激に電圧が上昇する。この現象は、電池の内部で起こる相転移に起因している。
この特性が問題となるのは、PSOの最適化プロセスが、通常「実測電圧とモデル電圧の誤差の二乗平均(RMSE)」を最小化することを目指す点にある。電圧が急激に変化する「終了直前」の領域では、小さな誤差でもRMSEに大きな影響を与えるため、PSOはこの領域のフィッティングに集中してしまう。一方で、重要な「電圧プラトー」の領域では、電圧変化が小さいため、大きな容量推定誤差があってもRMSEへの影響は小さく、PSOはこの領域の不一致を無視してしまう傾向がある。その結果、モデル全体の電圧曲線は「終了直前」だけはよく合うが、「プラトー」の部分で大きくずれ、真の容量推定には失敗してしまう。
この根本的な課題を解決するために、研究チームは「LFP電池向け特異的最適化手法」として、二つの革新的な戦略を提案した。
第一の戦略は、「充電末期の電圧データを切り捨てる」ことである。研究チームは、電圧が急上昇する終了直前の領域は、ECMモデルでは正確に再現することが物理的に困難であると判断した。そこで、この領域のデータを最適化プロセスから除外し、PSOの計算対象を、モデルがより正確に再現できる「電圧プラトー」の領域に集中させた。これにより、PSOが終了直前のノイズに惑わされることなく、容量推定に本質的に重要な部分に注力できるようになった。
第二の戦略は、画期的な「二重次元の目的関数」を導入したことである。従来の「電圧(y軸)の誤差」に加えて、「充電量(x軸)の誤差」を新たな指標として追加した。つまり、PSOは「モデルが計算する電圧曲線」と「実測された電圧曲線」だけでなく、「モデルが積算する充電量の変化」と「実際の電流積分による充電量の変化」の一致度も同時に評価するようになった。
この二重評価の威力は絶大である。電圧プラトーの領域では、電圧はほとんど変わらないが、充電量は着実に増加している。もし容量の推定値が間違っていた場合、モデルが積算する充電量の変化量(ΔQ = I × Δt)は、実際の変化量と一致しなくなる。この「充電量のズレ」は、PSOにとって大きなペナルティとなり、容量の値を修正する強い動機付けとなる。これにより、電圧の変化が小さい領域でも、PSOは鋭敏に反応し、正確な容量推定を実現できる。
この新方法の精度を検証するため、研究チームは、LFP電池を搭載した2種類のEVから得られた実際の走行データを用いた。実車には「真の容量」のラベルが存在しないため、検証は二つの方法で行われた。一つは、「静置充電セグメント」を用いる方法である。充電前後で十分な時間(1時間以上)車両を静止させると、内部の極化電圧が消失し、端子電圧が開放電圧(OCV)と等しくなる。このOCVとSOCの既知の関係を用いて、充電前後のSOCを正確に求め、その差と実際の充電量から「真の容量」を計算する。この方法は非常に正確だが、実際の走行データにはこのような理想的な条件を満たすセグメントが極めて少ない。
そこで、もう一つの検証方法として、走行距離が5000km未満の車両は、容量の劣化がほとんどないと仮定し、その「公称容量」を真の値として使用した。この二重の検証アプローチにより、信頼性の高い評価が可能となった。
その結果、驚くべき精度が達成された。2つの車種において、平均絶対百分率誤差(MAPE)は、それぞれ2.33%と3.38%という非常に低い値となった。最大誤差も6.9%以内に抑えられており、実用レベルに十分達する精度であることが示された。
この研究成果の意義は計り知れない。まず、LFP電池という「推定が難しい」とされてきた電池の健康状態を、実走行データだけで高精度に把握できるようになった。これは、EVメーカーがより正確な航続可能距離をドライバーに提示できることを意味し、航続距離不安(レンジ・アンシアスティ)の解消に大きく貢献する。また、バッテリーの劣化状態を正確に把握できれば、充電戦略の最適化や、バッテリー交換のタイミングの予測、中古車の価値評価など、車両ライフサイクル全体のマネジメントが飛躍的に向上する。
さらに、この方法はLFP電池に特化しているが、その基本的なフレームワークは、NCM(ニッケル・コバルト・マンガン)などの他のリチウムイオン電池にも応用可能である。実際、NCM電池は電圧曲線がはっきりしているため、この方法の適用はさらに容易であり、精度も向上すると考えられる。
陳星光、沈逸凡、邵裕新、鄭岳久、孫涛、来鑫、沈凱、韓雪冰、上海理工大学および清華大学、Energy Storage Science and Technology、doi:10.19799/j.cnki.2095-4239.2024.0144