電動車充電負荷予測に連合学習を応用

電動車充電負荷予測に連合学習を応用

電動車(EV)の普及が加速する中、その充電需要は電力網に大きな影響を与えている。都市部の配電網は、急増するEVの充電負荷により、これまでにない負担を強いられている。電力系統の安定運用や、充電インフラの効率的な計画立案のためには、EVの短期充電負荷を高精度に予測することが不可欠である。しかし、従来の予測モデルは、ユーザーの充電行動という重要な要素を無視してきたため、精度に限界があった。さらに、充電時間やバッテリーの充電状態(SOC)、選択した充電出力といった行動データは極めてセンシティブな個人情報であり、中央集権的なデータ収集はプライバシー侵害のリスクを伴う。

この難題を解決する画期的な研究が、天津大学電気情報工学部の楊挺教授らのチームによって発表された。彼らは、プライバシーを守りながら予測精度を飛躍的に向上させる「連合学習(Federated Learning, FL)」を活用した新しいEV短期充電負荷予測手法を開発し、学術誌『High Voltage Engineering』にその成果を報告した。

この研究の核心は、「データは動かず、モデルだけが学ぶ」という連合学習の思想を、EVの充電予測という実用的な課題に適用した点にある。これまでのAIモデルは、膨大なデータを中央のサーバーに集約して学習を行う「中央集権型」が主流だった。しかし、EVの充電データには、ユーザーの生活パターンが色濃く反映されており、これを一元管理することは、個人のプライバシーを危険にさらす。楊挺教授のチームは、この根本的な矛盾に着目し、全く新しいアプローチを提案した。

その仕組みは、シンプルかつ巧妙である。都市には複数のEV充電事業者(EVCO)が存在する。各EVCOは、自社の充電ステーションで収集した充電負荷データや、ユーザーの充電開始・終了時刻、バッテリー容量、充電中のSOC推移、選択した充電出力といった詳細な行動データを保有している。連合学習では、これらの貴重なデータは一切外部に送信されない。代わりに、各EVCOは自社のデータを使って、ローカルな予測モデルを「訓練(トレーニング)」する。この訓練の過程で、モデルの「パラメータ」(ニューラルネットワークの重みやバイアス)が更新される。この更新されたパラメータだけが、中央の集約機関(例えば電力会社)に送られる。

中央の集約機関は、各EVCOから送られてきた複数のパラメータを「集約(アグリゲーション)」し、より強力で汎用性の高い「グローバルモデル」を生成する。このグローバルモデルは、あらゆるEVCOの行動パターンを学習した集大成である。そして、この優れたグローバルモデルが再び各EVCOに配布され、各社はこれを新たなローカルモデルの初期値として、再び自社のデータで訓練を開始する。この「ローカル訓練→パラメータ送信→中央集約→グローバルモデル配布」というサイクルを繰り返すことで、グローバルモデルは徐々に精度を高めていく。

このプロセスの最大の利点は、ユーザーの行動データが一度もEVCOのセキュアな環境を出ないという点にある。個人情報は完全に保護されたまま、複数の事業者が協力して、誰もが持っていない「集合知」を獲得できるのである。これは、プライバシーと利便性の両立という現代社会の大きな課題に対して、技術的な答えを提示している。

楊挺教授らの研究が特に注目すべき点は、予測モデルの入力に「ユーザーの行動データ」を明示的に組み込んでいることだ。多くの先行研究は、過去の充電負荷の時系列データだけを用いて予測を行っていた。しかし、充電負荷は、単なる過去の繰り返しではなく、ユーザーの意思決定に大きく左右される。あるユーザーは、帰宅後すぐに満タンまで充電するかもしれないし、別のユーザーは、翌日の走行距離に応じて70%程度で充電を終えるかもしれない。このように、充電の「終わり方」や「出力の選び方」は、負荷曲線の形状を決定づける重要な要素である。

研究チームは、この行動データを「特徴量」として、予測モデルに取り入れた。具体的には、ある時刻に充電中の全ユーザーが満充電までに必要な総エネルギー量、ユーザーの平均充電出力、充電を終了したユーザーの平均SOCなどを、時系列データとしてモデルに与えた。これにより、モデルは単なるパターン認識ではなく、ユーザーの行動心理に根ざした、より現実的な予測が可能になった。

予測モデルの心臓部には、「双方向長・短期記憶ネットワーク(BiLSTM)」が採用された。LSTMは、時系列データの長期的な依存関係を学習するのに優れた深層学習モデルである。BiLSTMはその進化形で、データを「過去から未来へ」と「未来から過去へ」の両方向で解析する。これにより、ある時刻の負荷が、その前後の両方の状況にどう影響されているかを、より精緻に捉えることができる。例えば、夕方の充電ピークが、午後の充電残量の低さと、翌朝の出勤時間の両方に影響されていることを、モデルが学習するのである。

研究チームは、中国のとある都市に存在する9つのEVCOの実際の充電データを用いて、この手法の有効性を検証した。データは2022年12月の1か月分、合計25,920個のサンプリングポイントに及び、充電負荷と詳細な行動データを含んでいた。

まず、行動データを考慮するかどうかで予測精度を比較した。結果は明確だった。行動データを追加したモデルは、すべてのEVCOにおいて、平均絶対誤差(RMSE)と平均絶対パーセント誤差(MAPE)が有意に低下した。ある事業者では、RMSEが5.57%、MAPEが0.55%改善された。これは、ユーザーの行動を無視していた従来のモデルが、本質的に不完全だったことを示している。

次に、連合学習の威力を検証するため、各EVCOが自社のデータだけで訓練した「単一モデル」と、9社の協力で構築した「連合モデル」を比較した。結果、連合モデルはすべての単一モデルを上回る精度を達成した。最も性能が向上した事業者では、RMSEが11.07%、MAPEが5.29%も改善された。これは、各社のデータは限られており、偏りがあるが、複数の事業者が協力することで、多様なユーザー行動を網羅し、モデルの汎化性能が飛躍的に向上することを意味している。

最も印象的な実験は、新規参入のEVCO(C10)に対する予測精度のテストだ。C10は、わずか24時間分の充電データしか保有していなかった。このようなデータ不足の状況では、通常の方法で訓練したモデルの予測精度は非常に低く、RMSEが65.3kW、MAPEが19.2%という使い物にならないレベルだった。しかし、9社のデータで訓練された「連合モデル」をC10のデータに適用したところ、驚くべき結果が出た。RMSEは29.4kW、MAPEは6.8%にまで低下した。これは、RMSEで54.9%、MAPEで12.4%の劇的な改善である。

この結果は、連合学習の「汎化能力」の高さを物語っている。新規事業者は、自社のデータが少なくても、既存の大手事業者が構築した高精度なグローバルモデルの恩恵を直ちに受けられる。これは、新規参入のハードルを下げ、EV充電市場全体のインテリジェンスを底上げする、極めて重要な意味を持つ。

この研究は、技術的な成功にとどまらない。それは、データの「所有」と「利用」の関係を根本から見直す、新たなパラダイムを提示している。これまでは、「データを所有する者が、その価値を独占する」ことが常識だった。しかし、連合学習は、「データは所有者の元に留めつつ、その価値は共有する」ことが可能であることを示した。EVCO同士は、自社のデータを守りながら、協力してより良い予測モデルを構築し、その成果を分け合う。これは、競争と協調が共存する、成熟したエコシステムのあり方である。

今後、この技術は、EVのV2G(ビークル・トゥ・グリッド)制御や、充電料金のダイナミックプライシング、スマートシティのエネルギーマネジメントなど、より高度な応用へと発展していくだろう。楊挺教授らの研究は、電動化時代のインフラを支える、基盤的な技術として、その重要性をますます高めていくに違いない。

楊挺,覃小兵,冯相为,许哲铭,天津大学電気情報工学部。High Voltage Engineering,DOI: 10.13336/j.1003-6520.hve.20230765