電気自動車用CO₂ヒートポンプ、最適な冷媒充填量の新知見

電気自動車用CO₂ヒートポンプ、最適な冷媒充填量の新知見

電気自動車(EV)の普及が進む中、走行距離の「冬の減少」に悩まされるユーザーは少なくない。特に寒冷地では、室内暖房に大量の電力を消費することで、バッテリーの持続距離が著しく低下する「航続距離不安」が大きな課題となっている。この問題を解決する鍵の一つとして、注目を集めているのが「CO₂ヒートポンプシステム」だ。従来の電気ヒーターとは異なり、外気の熱を室内に取り込む仕組みで、はるかに高いエネルギー効率を実現する。しかし、この高効率なシステムの性能は、ある一つの非常に繊細な要素に大きく左右される。それが、システム内に封入されるCO₂冷媒の「充填量」である。

CO₂は、地球温暖化の原因となる従来のフロン系冷媒(例:R134a)に代わる次世代冷媒として、その環境への配慮から注目されている。そのグローバル・ウォーミング・ポテンシャル(GWP)はわずか1とされ、ほぼ気候中立とされる。さらに、低温環境下でも優れた熱交換性能を発揮するため、EVの熱管理システムには理想的な材料とされている。しかし、CO₂は通常の冷媒とは異なり、「超臨界サイクル」という特殊な状態で作動する。このサイクルでは、冷媒の状態変化が複雑で、システム内の圧力や温度が常に変動し、その結果、最適な冷媒の量(充填量)が走行環境や使用状況によって大きく変化してしまう。少なすぎれば効率が下がり、多すぎれば逆にシステムが不安定になるリスクがある。つまり、最適な充填量を一つの固定値として決めるのは不可能なのだ。

この非常に複雑な課題に、中国の研究チームが新たな光を当てた。西安交通大学のJia Fan(賈凡)、Yin Xiang(殷翔)、Cao Feng(曹鋒)の各氏と、中国冷凍空調学会のWang Congfei(王従飛)氏からなる研究グループは、EV用CO₂ヒートポンプシステムの「最適冷媒充填量」が、実際の走行条件にどのように影響されるのかを、詳細なシミュレーションで解明した。その研究成果は、学術誌『International Journal of Refrigeration』に掲載され、今後のEV熱管理システムの設計に大きな影響を与えることが期待されている。

研究チームは、実際のEVに搭載されるのと同等の複雑な熱管理システムを、高度なシミュレーションソフトウェア上で精密に再現した。このシステムは、室内の冷暖房だけでなく、バッテリーの冷却や加熱、フロントガラスの除霜・除霧といった多機能を統合的に制御できる。シミュレーションの信頼性を高めるため、研究チームは同様の構成を持つ実験装置を用いて実測データを取得し、シミュレーション結果との誤差を±10%以内に抑えることに成功した。この高い精度により、実際の走行中に起こり得る微妙な現象を、安全かつ詳細に分析することが可能になった。

研究の核心は、「環境温度」「室内の風量」「室外の風速」という、EVが日常的に直面する3つの主要な走行条件が、最適な冷媒充填量にどのような定量的な影響を与えるかを明らかにすることだった。その結果、冷暖房のモードによって、その影響が全く逆方向に働くことが判明した。

まず、「暖房モード」(ヒートポンプモード)では、最適な冷媒量は増加する傾向にある。具体的には、外気温が上昇すると、最適な冷媒量も増える。例えば、外気温が-10℃から5℃に上昇した場合、必要な冷媒量は18.6%も増加した。これは一見、直感に反するように思える。暖かい方が暖房に必要な熱は少なくなるはずなのに、なぜ冷媒が増えるのか。その理由は、CO₂の超臨界サイクルの特性にある。外気温が高くなると、システムはより高い圧力で作動する必要があり、その結果、システム内の低温側(特に室外の熱交換器)に存在する冷媒の密度が上がり、質量が増えるため、全体の充填量を増やさないと安定した運転が維持できなくなるのだ。

同様に、室外の風速が高くなる(高速走行など)と、最適な冷媒量は18.9%も増加した。風が強いと、室外の熱交換器での熱交換効率が上がり、より多くの冷媒が蒸発してシステム内を循環する。これにより、低温側に滞留する冷媒の量が増え、やはり全体の充填量を増やす必要が生じる。これは、長距離高速道路を走行するEVにとって特に重要な知見だ。

一方で、「室内の風量」が減ると(エアコンの風量を絞った場合)、最適な冷媒量は6.16%増加した。風量が少ないと、室内の熱交換器(このモードでは凝縮器)が熱を効率よく放出できず、システムのバランスが崩れる。これも、低温側の冷媒分布に影響を与え、結果として充填量を増やす必要がある。

次に、「冷房モード」では、傾向が逆転する。最適な冷媒量は減少する方向に働く。外気温が上昇すると、最適な冷媒量は7.03%減少した。これは、外気が暑いほど、システムはより高い圧力で作動し、高温側(ガスクーラー)の冷媒密度が上がり、逆に低温側(室内の蒸発器)の冷媒密度が下がるため、低温側に必要な冷媒の質量が減るためである。

また、冷房モードでは、室内の風量が増えると、最適な冷媒量は7.85%も減少した。風量を強くすると、室内の熱交換器(蒸発器)が効率よく冷やされ、冷媒が速やかに蒸発する。これにより、蒸発器内に滞留する液冷媒の量が減り、全体の充填量を少なくできる。これは、暑い日にエアコンを強く効かせたいユーザーにとって、システムが自動的に最適化され得ることを示唆している。

室外風速の影響は冷房モードでは比較的小さく、2.27%の増加にとどまった。風が強いと、ガスクーラーからの放熱が促進され、若干システム内の冷媒が高密度になるため、わずかに充填量が増える傾向がある。

これらの結果は、一つの重要な事実を突きつけている。EVのCO₂ヒートポンプシステムには、万能の「最適充填量」は存在しない。それは、車が走るたびに、外気温、風量、走行速度という無数の要因によって、常に変化し続ける動的な値なのである。この発見は、従来の「固定値」で設計されていたシステムの設計思想を根本から見直す必要があることを示している。

さらに研究は、最適な量ではない「非適充」状態でのシステムの挙動にも迫った。その結果、非常に危険な現象が観測された。冷媒が多すぎる(過充填)状態で暖房モードをスタートさせると、システムは制御不能に陥った。シミュレーションでは、圧縮機の吸込み口に液状の冷媒が入り込む「液圧縮(スラッギング)」という現象が発生した。これは、機械的な損傷を引き起こす可能性がある非常に危険な状態だ。

この現象のメカニズムは、制御ループの崩壊にあった。液が圧縮機に入ると、排気温度が急激に下がり、室内の送風温度も目標値を下回る。すると、車載コンピュータは「暖かくない」と判断し、圧縮機の回転数を最大まで上げようとする。同時に、圧力制御用の電子膨張弁も、圧力を下げるために開度を大きくする。しかし、この一連の動作が悪循環を生む。圧縮機の回転数が上がると、冷媒の循環量がさらに増え、液の流入を助長する。電子膨張弁が開くと、システム内の液面がさらに上昇する。その結果、システムは「圧縮機は最大回転、電子膨張弁は全開」という、エネルギー効率が極端に悪く、かつ危険な状態に陥り、自力で回復できなくなる。

この深刻な問題に対して、研究チームは画期的な解決策を提案した。通常の制御では「排気圧力を一定に保つ」ことが基本だが、ここではその常識を覆す。過充填による不安定な状態では、あえて排気圧力の目標値を高く設定する。シミュレーションでは、8.6MPaの目標を9.5MPaに引き上げた。すると、電子膨張弁は圧力を下げようとするため、開度を狭め、冷媒の流れを絞る。これにより、低温側に過剰に溜まっていた液冷媒が徐々に押し出され、吸込み口からの液入り込みが解消される。システムが安定した後で、再び通常の8.5MPaの目標値に戻せば、問題なく運転を継続できるというわけだ。

この研究の意義は、単なる学術的な発見にとどまらない。自動車メーカーのエンジニアたちにとって、これは極めて実用的な設計指針を提供している。特に、「貯液器」という、余分な冷媒を一時的に貯めておくタンクのサイズ設計に大きな影響を与える。従来は経験則や固定値に基づいていたが、今回の研究で、走行条件に応じて最適な冷媒量がどう変化するかが定量的に明らかになった。これにより、必要最小限のサイズで、あらゆる走行環境に対応できる貯液器を設計することが可能になり、車両の軽量化とコスト削減が期待される。

また、制御アルゴリズムの高度化にも貢献する。今後のEVは、外気温、車速、室内の風量設定といったセンサー情報をリアルタイムで収集し、AIが最適な冷媒量と圧力設定を瞬時に判断する「スマート熱管理システム」が実現するだろう。今回の研究で明らかになった定量的な関係性は、そのAIの学習データとして極めて貴重な資産となる。

環境面でも、CO₂ヒートポンプの普及は大きな意味を持つ。GWPが極めて低いCO₂を冷媒として使用することで、システムの漏れによる地球温暖化の影響を最小限に抑えられる。これは、EVが「ゼロエミッション」とされる理念を、走行中の排出だけでなく、システム自体の環境負荷という観点からも支える重要な技術である。

結論として、Wang Congfei氏、Jia Fan氏、Yin Xiang氏、Cao Feng氏の研究は、EVの快適性と航続距離の両立という大きな課題に、科学的で実用的な答えを提示した。冷媒の充填量という一見地味なテーマが、実はEVの性能と安全性の根幹をなしていることを浮き彫りにしたこの研究は、今後数年間で登場する次世代EVの熱管理システムに、確実にそのDNAが組み込まれていくだろう。

Wang Congfei, Jia Fan, Yin Xiang, Cao Feng. 西安交通大學および中国冷凍空調学会. 国際冷凍ジャーナルに掲載. DOI: 10.3969/j.issn.0253-4339.2024.04.059