AI駆動熱画像システムがEVバッテリーの安全性を革新
リチウムイオンバッテリーの熱異常を95%の精度で検知する深層学習診断技術が天津大学の研究チームによって開発された。この「LBIP」(リチウムイオンバッテリー智能感知)システムは、赤外線熱画像と高度なインスタンスセグメンテーションアルゴリズムを組み合わせ、熱暴走が発生する前の微小な異常発熱を特定できる。電気自動車(EV)の大容量バッテリーパックの安全性向上に新たな道を開く技術として注目を集めている。
従来技術の課題を打破する空間熱解析
従来のバッテリー監視システムは、電圧・電流・充電状態(SOC)の計測に加え、限定的な温度センサーに依存してきた。しかし、物理センサーの配置に左右される点検精度や、バッテリー表面全体の熱分布をリアルタイムで把握できない点が課題だった。特にセルが高密度に配置されたモジュール構造では、局所的な異常が瞬時に伝播するリスクがある。
LBIPシステムはこの課題を根本から解決する。電力設備の保守点検で実績のある熱画像診断技術を自動車用エネルギーシステムに応用。バッテリー表面全体の温度分布を2次元画像として取得し、深層学習で異常パターンを抽出する。1枚の熱画像から「どのセルが」「どの程度の異常状態か」をピクセル単位で判定できる点が最大の特徴だ。
物理シミュレーションと実機データの融合
研究チームは、リチウム鉄リン酸(LFP)電池の熱挙動を詳細に再現するため、商用CFDソフトAnsys Fluentを用いた数値シミュレーションを実施。14.6Ah容量のセルについて、1C充電・1C放電・内部短絡の3動作モードを設定した。内部短絡状態を再現するため、セル内部に意図的な低抵抗領域を設定し、電気化学的発熱と熱伝導を連成解析することで現実に即した故障データを生成した。
得られた48枚のシミュレーション熱画像は、オープンソースツールLabelMeで詳細にアノテーション。各画像にはバッテリー外形と異常領域を識別する二値マスクを付与し、改良版Mask R-CNNモデルの訓練に活用した。特徴抽出にはResNet50バックボーンとFPN(特徴ピラミッドネットワーク)を採用することで、モジュール内の微小なホットスポットからパック全体の温度勾配までを多層的に認識可能にしている。
産業応用を視野に入れた性能実証
単一セルの検証では、バウンディングボックス検出で93.9%、インスタンスセグメンテーションで96.7%の平均精度を達成。特に内部短絡ケースでは100%の分類精度を示し、異常部位の特定に要する処理時間は1画像あたり6.9ミリ秒という高速性能を実現した。これは車載ECUでのリアルタイム処理が可能な水準だ。
さらに実用環境を模した1P3S(1並列3直列)モジュールでの検証では、故障セルの位置特定精度100%、異常領域のセグメンテーション精度86.7%を記録。複数セルが干渉し合う実際のバッテリーパック構造でも安定した性能を発揮することを証明した。従来の物理モデルに依存する診断手法と異なり、表面温度データのみで動作するため、既存の車載熱管理システムへの追加が容易な点も特長として挙げられる。
自動車業界のデジタル変革に対応
テスラやBYDなど主要EVメーカーは、機械学習をバッテリー管理システム(BMS)に統合し、劣化予測や安全性向上を図っている。LBIP技術はこの潮流をさらに推し進め、スカラーデータから空間情報解析への転換を体現する。例えば、冷却システムの作動タイミングを最適化したり、異常検知と連動した緊急遮断機能を構築したりする場合、従来より10~20秒早い対応が可能になる。
安全性向上に加え、センサー類を必要としない非接触診断はコスト削減効果も期待できる。現在、高級車種を中心にサーマルカメラの搭載が進むなか、既存ハードウェアにソフトウェア層を追加するだけで本システムを導入できる。自動運転技術の発展に伴い、車両の自己診断能力が重視される状況下で、バッテリーの「空間的热健全性モニタリング」という新概念を提唱する技術と言える。
産業応用の広がりと規格化動向
本技術の応用範囲は乗用車に留まらない。電気バスやトラックなど商用車両、電力系統の定置型蓄電池システムなど、大規模リチウムイオンバッテリーを利用する全分野での導入が想定される。国際電気標準会議(IEC)やSAEインターナショナルでは、熱暴走防止に関する安全基準の強化が進んでおり、LBIPのような定量評価可能な診断技術が次期規格に反映される可能性がある。
持続可能な社会実現の観点からも意義が大きい。異常検知精度の向上はバッテリーの耐用年数延長につながり、廃棄物削減と資源循環の促進に貢献する。自動車メーカーにとっては、リコールリスク軽減と顧客信頼の獲得という経営的メリットも見込まれる。
学術的意義と今後の展望
本研究は計算機シミュレーションと深層学習の融合という方法論にも革新性がある。実際の故障データ取得が困難な内部短絡事象を、物理ベースモデルで現実的に再現し、AI訓練データとして転用した点は、航空宇宙やエネルギー貯蔵システムなど他分野への応用が期待できる。今後は時系列熱画像の解析機能を追加し、異常発生から伝播までのダイナミックな挙動予測が可能なシステム開発を目指す。
LFP電池に特化した本モデルだが、熱暴走時の温度分布特性は他のリチウムイオン化学物質(NMCやNCAなど)でも共通するため、化学組成の違いに応じた再学習が可能だ。材料メーカーとの連携により、各種バッテリー向けの汎用診断プラットフォーム構築が次の目標となる。
著者
田 璐瑜・董 朝瑜・穆 雲飛・于 暁丹・肖 倩・賈 宏傑
所属
天津大学 電気情報工学研究科(中国・天津市)
掲載誌
『高電圧工学』第50巻第6号 2502–2510頁(2024年6月30日発行)
DOI
10.13336/j.1003-6520.hve.20231425