EV用バッテリーの出力推定が飛躍的に向上
電気自動車(EV)の進化において、性能、安全性、そしてバッテリーの寿命を左右する鍵となる技術の一つが、バッテリーマネジメントシステム(BMS)の頭脳である「出力状態(State of Power, SOP)」の推定精度だ。このSOPとは、バッテリーが瞬時に供給できる最大電力(加速時)や吸収できる最大電力(回生ブレーキ時)を指す。過小評価すれば、車両の潜在能力を引き出せず、過大評価すれば、バッテリーの劣化や安全装置の作動リスクが高まる。この長年の技術的課題に対し、画期的な解決策が登場した。中国のWeichai Power Co., Ltd.の李強(Li Qiang)氏と北京理工大学機械工学部の張凱旋(Zhang Kaixuan)、袁文文(Yuan Wenwen)、許亜涵(Xu Yahan)、楊瑞鑫(Yang Ruixin)、方煜(Fang Yu)氏らの研究チームは、多時間スケールのスライディングウィンドウを用いた二重拡張カルマンフィルター(DEKF)アルゴリズムを提案し、バッテリーの全寿命にわたる高精度なSOP推定を実現した。その成果は、学術誌『Transactions of China Electrotechnical Society』に掲載され、DOI:10.19595/j.cnki.1000-6753.tces.230086にて公開されている。
この研究の核心は、従来の手法が抱えていた根本的な欠陥を克服した点にある。従来のSOP推定法は主に三つに大別される。第一に、「特性マップ法」がある。これは、工場出荷前のテストデータをもとに作成された静的なテーブルを参照する方法で、計算は軽いが、バッテリーが年を取って劣化する現実には対応できず、推定値は次第に現実から乖離していく。第二に、「データドリブン法」がある。これは、バッテリーを「ブラックボックス」と見なし、膨大なデータから機械学習で出力と入力の関係を学習する。しかし、学習に必要な正確なSOP参照データを連続的に取得することは極めて難しく、実用的なオンライン推定には不向きだった。第三に、「多制約推定法」がある。これは、バッテリーの内部を模倣する等価回路モデルを用いて、電圧、充電状態(SOC)、温度などの制限条件を満たす最大電流を計算し、端子電圧との積から出力を求める方法だ。この方法の精度は、モデルの忠実度と、その内部パラメータ(内部抵抗、容量など)をリアルタイムで正確に特定できるかどうかに大きく依存する。しかし、バッテリーのパラメータは時間とともに徐々に変化するため、従来のアルゴリズムではこの「パラメータのドリフト」を追従できず、推定誤差が蓄積するという致命的な弱点があった。
李強氏らのチームは、この「パラメータのドリフト」問題に正面から取り組んだ。彼らのアプローチは、まずモデル選定から始まる。12種類の一般的な等価回路モデルを評価した結果、電圧予測精度が高く、計算負荷が低い「Theveninモデル(1次RCモデル)」を採用した。これは、開放電圧、オーム抵抗、そして1組の抵抗-コンデンサ(RC)ネットワークでバッテリーの挙動を表現するもので、BMSのような計算リソースが限られた環境での実装に最適である。
次に、セル単体のモデルを、実際のEVに搭載される大規模なバッテリーパックに拡張するという課題に直面する。すべてのセルを個別にモデリングすれば精度は高いが、計算量が膨大すぎて実用的ではない。そこで彼らが考案したのが、「二重特性セル均一分布モデル」である。このモデルは、パック内の数多くのセルを、その瞬間に最も電圧が高いセルと最も電圧が低いセルの二つに注目する。これらの「特性セル」の電圧と、パック全体の総電圧を監視することで、全セルの電圧分布を合理的に推定できる。このアイデアは、システムの複雑さを劇的に簡素化し、高精度なアルゴリズムをパックレベルで効率的に運用することを可能にする。
しかし、最も革新的なのは、推定アルゴリズムそのものである。彼らが開発した「多時間スケールスライディングウィンドウDEKF」は、二重拡張カルマンフィルター(DEKF)という高度な数学的手法を、二つの時間軸で運用する点に特徴がある。DEKFは、通常、バッテリーの「状態」(SOC、極化電圧など)を推定するフィルターと、「パラメータ」(内部抵抗、容量など)を推定するフィルターの二つを連携させる。しかし、問題は、SOCのような状態は走行中に瞬時に変化するのに対し、内部抵抗のようなパラメータは数時間、数日かけてゆっくりと変化するという「時間スケールの違い」だ。従来のDEKFでは、高速で変動する状態のノイズが、低速で変動するパラメータの推定に干渉し、推定値が不安定になることがあった。
この問題を解決するために、研究チームは「多時間スケール」という概念を導入した。彼らのアルゴリズムは、状態の推定(「狭スケール」)を非常に短い周期で行い、一方でパラメータの推定(「広スケール」)ははるかに長い周期で行う。これにより、瞬時の状態変動によるノイズが、パラメータの長期的な変化の推定に影響を及ぼすことを防ぐ。さらに、パラメータ推定には「スライディングウィンドウ」が用いられる。これは、単一のデータ点ではなく、直近の300個のデータをまとめて分析することで、一時的な測定誤差やノイズを平均化し、より安定で信頼性の高いパラメータ推定値を得る手法だ。これにより、アルゴリズムはバッテリーの劣化に伴うパラメータの緩やかな変化を、非常に正確に追跡できるようになる。
SOPの計算自体も、単純な瞬時値ではなく、実用的な「定電力」を基準に行われる。アルゴリズムは、「ある一定の出力を10秒間持続できるか?」という問いを立て、バッテリーの電圧応答をシミュレーションする。この関係は非線形で複雑なため、研究チームは「二分法」という効率的な探索手法を用いている。まず、最大出力の初期値を仮定し、その出力をかけた場合の終端電圧を予測する。この予測値が安全範囲内(電圧制限)にあるかをチェックし、あれば出力値を上げ、超えていれば下げて、繰り返し計算を行う。このプロセスを繰り返すことで、安全限界に最も近い、かつ確実に持続可能な「真の」最大出力値に収束していく。この方法は、理論上の瞬時ピークではなく、実際の走行で使える実用的な出力能力を正確に捉える。
理論の優劣は、実世界での検証にかかっている。研究チームは、これを「ハードウェア・イン・ザ・ループ(HIL)」という高度なテストベンチで実施した。このシステムは、実際の150Ahバッテリーパック、高精度の充放電装置(ARBIN製)、温度を精密に制御できる恒温槽、そしてアルゴリズムを実行する専用のマイコン(MPC5644)をリアルタイムで接続する。これにより、アルゴリズムは、実際のバッテリーの挙動に直面し、その性能を厳しく試される。
検証は、新しく未使用のバッテリーパックと、6ヶ月間の過酷な充放電サイクルを経て劣化したパックの両方で行われた。温度は-10°Cから45°Cまで、走行パターンも都市部走行(NEDC、UDDS)、高速道路走行(US06)、WLTCなど多岐にわたる。実に14種類の新パックデータと4種類の劣化パックデータが用いられた。
その結果は、圧倒的だった。まず、SOP推定の基礎となるSOC推定では、新パックで最大2.192%、劣化パックでも最大2.82%という誤差に抑えられた。これは、業界が求める厳しい基準をはるかに下回る、非常に信頼性の高い値である。そして、SOP推定の肝である「等価電圧誤差」(予測した出力時の終端電圧と実際の測定値の差)は、実にすべてのテストポイントで40mV以下に収まった。多くのポイントでは20mVを下回り、これは3-4Vのセル電圧に対して98%以上の精度を意味する。このレベルの精度は、BMSがバッテリーを安全限界ギリギリまで活用できることを示しており、EVの加速性能や回生ブレーキの効率を最大化する上で極めて重要である。
この研究の成果は、EV産業に大きなインパクトを与える。高精度なSOP推定は、エネルギー管理戦略をより積極的かつ効率的にする。例えば、登坂時や追い越し時には、BMSが確信を持って最大出力を引き出すことが可能になる。また、コーナリング前の減速時には、より多くの運動エネルギーを電気エネルギーとして回生できる。これは、EVの走行可能距離(航続距離)の向上にも直結する。さらに、バッテリーを安全な範囲内で最適に運用することで、寿命の延長と安全性の向上にも貢献し、消費者の「航続距離不安」と「バッテリー劣化」への懸念に応える。
李強氏らの研究は、BMS技術の大きな飛躍を示している。単に精度を向上させたのではなく、バッテリーの「時間とともに変化する」本質的な性質を、多時間スケールという視点で捉え、モデルとアルゴリズムを設計した点に真の価値がある。これは、計算モデルの精度向上という一過性の改善ではなく、劣化するバッテリーを生涯にわたって最適に管理するための、根本的なフレームワークの構築である。この成果は、より安全で、より効率的で、よりパワフルな次世代EVの実現に向けた、重要な一歩となるだろう。李強、張凱旋、袁文文、許亜涵、楊瑞鑫、方煜、Transactions of China Electrotechnical Society、DOI:10.19595/j.cnki.1000-6753.tces.230086