EV群の多時間スケール脱炭素協調制御
電気自動車(EV)の普及は、交通分野の脱炭素化を推進する一方で、電力網の安定かつ効率的な運用に新たな課題を突きつけている。特に、交通網と電力網が密接に連携する「路電連携」の文脈において、EV群の充電負荷は交通渋滞、急速充電ステーションの待ち時間、ユーザーの嗜好など、多様な不確実性要因の影響を受ける。これらの要因を考慮し、EVが持つ柔軟性を最大限に活用して、低炭素化を実現するための協調制御戦略が求められている。この難題に取り組み、画期的な解決策を提示したのが、無錫学院の袁泉(エン・セン)氏と東南大学の湯奕(トウ・イ)氏による研究である。彼らの研究は、交通と電力の連携を踏まえたEV群の多時間スケール脱炭素協調制御戦略を提案し、その有効性を実証した。この研究は、学術誌『電網技術(Power System Technology)』に掲載され、今後のスマートシティと持続可能なエネルギーシステムの設計に大きな影響を与えるものと期待されている。
本研究の核心は、「多時間スケール」の協調制御フレームワークにある。従来のアプローチは、日次(day-ahead)の予測に基づく最適化にとどまることが多かった。しかし、太陽光発電の出力や電力需要、交通状況は現実には予測と大きく乖離することがあり、これに柔軟に対応できなければ、最適化の効果は半減してしまう。袁氏と湯氏の戦略は、この弱点を克服するために、日次と日内(intra-day)という二つの時間スケールを組み合わせている。この二段階のアプローチこそが、システムのロバスト性と効率性を両立する鍵となっている。
第一段階である日次最適化は、あらかじめ予測されたデータに基づく「計画立案」の段階である。この段階では、翌日の太陽光発電の出力曲線、一般電力負荷、そしてEV群の充電需要の予測値を用いて、最適な運用計画を立てる。その中核的な戦略は、「グリーンチャージ」の促進である。すなわち、太陽光発電が最も活発な昼間の時間帯に、EV群の充電負荷を積極的にシフトすることである。これにより、再生可能エネルギーの「カーボンフットプリント」の低い電力を最大限に活用し、火力発電所の稼働を抑制することで、システム全体の運転コストと二酸化炭素(CO2)排出量を大幅に削減する。この段階の最適化は、確率論ではなく、決定論的な問題として解かれる。
しかし、予測はあくまで予測にすぎない。実際の運用では、天候の急変や予期せぬ交通渋滞、電力需要の変動といった「不確実性」が常に存在する。そこで登場するのが第二段階、日内再最適化である。これは、実際の運用状況に応じて、日次計画をリアルタイムで修正・調整するプロセスである。例えば、予報以上に晴れて太陽光発電が好調な場合は、さらに多くのEVに充電を促すことで、余剰電力を有効活用する。逆に、曇り空で発電量が落ち込んだ場合は、EVの充電パワーを一時的に落とすことで、電力不足を火力発電所の出力調整で補う。この日内段階の最適化は、確率的計画法としてモデル化されており、複数の「シナリオ」を想定して、最もコスト効率の良い対応策を導き出す。これにより、システムは予測の誤差に対して極めて強靭(ロバスト)になる。
この研究の卓越性は、この「不確実性」の扱い方にある。EV群の行動、太陽光発電、電力需要の変動は、それぞれ独立したものではなく、複雑に絡み合っている。例えば、晴れた週末には外出者が増え、EVの充電需要が高まる一方で、太陽光発電も好調となる。このような相関関係を無視して、各要因を別々に扱えば、シナリオの現実性は大きく損なわれる。袁氏と湯氏は、この課題を解決するために、「コピュラ理論(Copula theory)」という高度な統計手法を採用した。コピュラ理論は、複数の確率変数の間の依存関係を正確にモデル化することができる。研究チームは、過去の大量の実績データを基に、太陽光発電出力、一般電力負荷、EV充電需要の3つの要因がどのように連動しているかを分析し、それらの相関を反映した「典型的な日」のシナリオを8つ生成した。これにより、日次および日内の最適化問題は、現実の複雑さを反映した、信頼性の高いシナリオに基づいて解くことができるようになった。
この高度なモデルがもたらす成果は、数値シミュレーションを通じて鮮明に示された。ある都市の実際の電力網データを用いたケーススタディの結果は、従来の「無秩序な充電」(EVがユーザーの都合でいつでも充電する状態)と、本研究の「多時間スケール協調制御」を比較したとき、その差が歴然としている。まず、最も顕著な成果が「コスト削減」である。システム全体の運転コストは、実に23.49%も削減された。これは、昼間に太陽光発電で賄える電力を無駄にせず、高コストの火力発電に頼る必要を減らした直接的な成果である。
次に、環境面での成果が圧倒的である。システム全体のCO2排出量は23.35%の大幅な削減を達成した。これは、単に火力発電を減らしただけでなく、電力の「カーボンインテンシティ」(1kWhあたりのCO2排出量)自体を下げたことを意味する。昼間の電力は太陽光発電が主力となるため、その時間帯の電力は非常に「グリーン」である。EVがこの時間帯に充電することで、EVのライフサイクル全体の環境負荷が劇的に改善される。また、太陽光発電の「出力抑制」(発電できるのに電力網が吸収できないため、発電を止める現象)も17.77%減少した。これは、EV群が巨大な「移動型バッテリー」として機能し、余剰の再生可能エネルギーを吸収する役割を果たした証左である。さらに、電力網の「ロス」(送電中の電力損失)も16.11%削減され、システム全体の効率が向上した。
これらの成果は、EVを単なる「電力消費者」としてではなく、「システムの柔軟性を提供するリソース」として捉える視点の転換から生まれた。本研究のモデルでは、EV群の「制御可能性」(どの程度、いつ、どれだけ充電をシフトできるか)を、交通網の状況と連動して精密に評価している。例えば、急速充電器の待ち時間が長い時間帯では、ユーザーが充電を急ぐため、柔軟性が低くなる。研究では、このような現実の制約を「応答率50%」という形でモデルに組み込み、理想論に終わらない現実的なシナリオを構築している。
この研究の意義は、学術的なものにとどまらない。実際の電力会社、都市のインフラ管理者、EVメーカーにとって、非常に実用的な指針を提供している。電力会社にとっては、大規模な送電網の強化投資をせずに、既存のインフラでEVの大量導入に対応できる可能性を示している。都市のプランナーにとっては、充電ステーションの立地を、太陽光発電の多い地域や、電力需要のボトルネックとなるノードに重点的に配置するという、戦略的なインフラ整備の方向性を示唆している。EVメーカーにとっては、車両に内蔵されたバッテリーを、V2G(Vehicle-to-Grid)技術を通じて電力網に供給する「双方向充電」機能の価値を高めるものであり、今後の製品開発のインセンティブとなるだろう。
さらに、本研究は、カーボンキャプチャー・システム(CCS)との連携も検討している。火力発電所に設置されたCCSは、排出されるCO2を回収する技術であるが、コストがかかる。研究では、EVの柔軟性とCCSを組み合わせることで、よりコスト効率の良い脱炭素化パスが存在することを示しており、未来のエネルギーシステムの複雑なトレードオフを解く一助となっている。
結論として、袁泉氏と湯奕氏の研究は、EVの大量導入という課題を、単なる負担ではなく、システム全体をよりクリーンで効率的なものに変える「チャンス」に変える方法論を提供した。それは、高度なデータ分析と、交通・電力という異なるインフラを統合的に考える「システムズ・アプローチ」の勝利である。今後、スマートシティが本格化する中で、このように「連携」を重視した知的な制御戦略が、持続可能な社会を支える基盤技術となっていくだろう。
袁泉、無錫学院;湯奕、東南大学。電網技術。DOI: 10.13335/j.1000-3673.pst.2023.1792